第80話 ドリームランドの再来 ~届かない梯子、濡れたコンクリートの絶望~
昭和51年(1976年)、台風直撃の深夜。
大船~湘南江の島間、鎌倉山付近の谷底。
暴風雨が叩きつける闇の中に、赤色灯の光が無数に瞬いていた。
ウゥゥゥゥゥ……!!
カンカンカン!!
消防車、パトカー、そして救急車が集結していたが、隊員たちは呆然と空を見上げていた。
「……ダメだ!! ……風が強すぎて梯子が固定できない!!」
「……高さがありすぎる! ……この谷底からじゃ、20メートル上の軌道まで届かないぞ!!」
レスキュー隊長が怒号を飛ばすが、自然の猛威と、モノレールという特殊な構造が、救助を拒絶していた。
* * *
【地上・相鉄建設現場の詰め所】
「……五代さん。……見てください。……消防がお手上げ状態です」
高見恭平(相鉄)は、双眼鏡でその光景を見ていた。
頭上のモノレールは、折れたアームのせいで大きく傾き、風に煽られて不気味な音を立てて揺れている。
車内からは、懐中電灯の微かな光と、悲鳴にも似た救助を求める声が聞こえてくる。
「……当然だ。……モノレールは『都市の景観』としては優秀だが、……『災害時の避難』なんて想定していない」
五代は、冷めたコーヒーを啜りながら、淡々と言った。
「……高見。……あれが何に見える?」
五代が指差したのは、事故車両のすぐ後ろに見える、ドリームランド線の廃墟だった。
雨に濡れ、黒光りするコンクリートの残骸。
そして、その横で死にかけている湘南モノレール。
「……同じだ……。……まるで、亡霊が手招きして、仲間を呼んだみたいだ……」
「……そうだ。……**『ドリームランドの再来』**だ。……かつて重さに耐えきれず死んだ兄貴が、……今度は弟の足を引っ張って、同じ地獄へ引きずり込もうとしている」
* * *
バキッ……!!
強風で、事故車両の連結器付近から、また新たな破壊音が響いた。
車体がさらに数センチ沈み込む。
「助けてくれぇぇぇ!!」
「落ちる!! 落ちてしまう!!」
乗客のパニックは限界に達していた。
中には窓を割って脱出しようとする者もいたが、下は遥か彼方の闇だ。飛び降りれば死ぬ。
「……五代さん!! ……もう見てられません!!」
高見が立ち上がった。
彼は相鉄の人間だ。ライバルとはいえ、目の前で乗客が死ぬのを黙って見過ごすことはできない。
「……我々の建設部隊を使いましょう! ……相鉄の機材なら、あの高さにも届く特殊クレーンがあります! ……それに、地盤の悪い谷底でも作業できる重機も!」
五代は、動かなかった。
その目は、冷徹に「損得」と「教訓」を天秤にかけているようだった。
「……五代さん!! ……『四天王・最弱』の証明はもう十分でしょう!? ……これ以上放置したら、……本当に人が死にますよ!!」
高見の悲痛な叫びが、雨音にかき消されそうになる。
ドリームランドの亡霊が、口を開けて待っている。
五代は、ゆっくりと高見の方を向いた。




