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第62話 ダイヤモンドの矜持 ~相鉄・高島屋連合軍~

 三越の搬入口を「工事」という名目で封鎖し、物流の喉元を締め上げた翌日。

 高見恭平は、横浜駅西口のもう一つの頂、高島屋横浜店の店長室にいた。

 三越が「銀座の品格」という虚飾にすがる貴族なら、高島屋は「横浜の母」としての誇りを持つ女王だった。部屋に漂うのは、重厚な革の香りと、格式高い沈香の匂い。窓の外には、高見が泥まみれで掘り進めている地下街の建設現場が見下ろせる。

「……高見さん。三越さんへの仕打ち、聞き及んでいますわ。随分と手荒な真似をなさるのね」

 横浜高島屋の店長・有馬ありまは、気品ある仕草でティーカップを置いた。その瞳は穏やかだが、裏では西口の地権を複雑に握る「女傑」として知られている。

「……手荒、ですか。俺たちはただ、この街の未来を作っているだけです」

 高見は、敢えて泥のついた作業着のまま、ふかふかのソファに深く腰掛けた。

 五代ならこうするだろう、という確信があった。相手の土俵に乗らず、自分の「現場の匂い」で相手の空間を侵食するのだ。

「未来、ね。ですが、あなたの作るその『ダイヤモンド地下街』は、うちのお客様を奪う敵になる。女王は、自分の庭を荒らす泥棒と握手はしませんわ」

「泥棒? ……心外だな。俺が持ってきたのは、女王への**『貢ぎ物』**ですよ」

 高見は、鞄から一枚の、まだインクの匂いが残る極秘の広域開発図を取り出した。

 そこには、横浜駅を中心とした京急本線と、そこから分岐して金沢文庫へ至る真っ赤なラインが強調されていた。

「……有馬店長。京急の五代専務が、金沢文庫に何を建てているかご存知ですか?」

「三菱重工の移転……それから、巨大な産業団地ですわね。噂は聞いていますわ」

「噂どころじゃない。あれは**『産業要塞』**です」

 高見は身を乗り出した。五代のあの狂気に満ちた、だが非の打ち所がない論理を、自分の言葉としてなぞる。

「数万人の高所得者、技術者、その家族。彼らはすべて京急のレールに乗る。そして、彼らが週末に金を落としに行く場所を、五代さんは探している。……銀座へ行かせるか、それとも、この横浜で止めるか」

 有馬の目が、わずかに細まった。高見はその隙を逃さない。

「地下街は、高島屋から客を奪うための壁じゃない。京急から流れてくる、その数万人の『欲望』を、高島屋の地下へとダイレクトに流し込むための、巨大な血管なんです」

 高見は、地下街と高島屋のデパ地下をシームレスに繋ぐ「黄金の回廊」の設計図を広げた。

「三越は品格に溺れ、物流を止められて勝手に沈む。……だが、高島屋は違う。俺たち相鉄と組み、地下街という『血管』を手に入れれば、横浜駅に降り立つすべての客を、最初に迎え入れることができる。……三越を干し上げ、高島屋を西口の絶対的な支配者にする。……悪い話じゃないでしょう?」

 沈黙が部屋を支配した。

 有馬は、目の前の男……かつては「砂利屋の若造」と侮っていた高見を、まじまじと見つめた。

 その瞳に宿る、冷酷なまでの合理性と、それを支える泥臭いまでの情熱。それは、横浜の利権を力ずくで書き換えてきたかつての英雄たちの影を想起させた。

「……あなた、本当に相鉄の人? そのやり方、まるで品川の……」

「……ええ。あの人の教えですよ」

 高見は、自嘲気味に笑った。

 自分でも分かっている。自分の中にある純粋な「相鉄愛」が、五代の「支配の美学」という毒によって変質し、より強力な毒へと昇華されていることを。

 だが、その変質が、たまらなく自分を強くしている実感に、下腹部が熱くなるのを覚え、ハアハアしそうになる呼気を、紅茶を飲むフリをして誤魔化した。

「……いいわ、高見さん。あなたの『ダイヤモンド』、私の店で一番輝かせてあげる。……その代わり、三越さんは徹底的に叩き潰してちょうだい。それが同盟の条件よ」

「……御意に。女王陛下」

 高見は恭しく頭を下げ、店長室を後にした。

 廊下に出た瞬間、壁に背中を預け、深く息を吐いた。

(……やった。……これで西口の半分を手に入れた)

 勝利の陶酔。だが、それと同時に、自分をここまで突き動かした「五代」という存在への、恐怖にも似た依存心が、鎖のように高見の心を縛り付けていた。

 高見は、自らの震える手を見つめた。

 この手は、もう砂利を運ぶための手ではない。

 街を壊し、人を操り、王のビジョンを具現化するための、鋭い爪だ。

「……見ていてくださいよ、五代さん。……あんたが俺を使い倒すつもりなら、俺はあんたの想像を絶する『傑作』を、この横浜に刻んでやる」

 高見は、雨の上がった西口の夜空を見上げた。

 その目は、獲物を狙う青い狼のそれへと、完全に変わっていた。

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