第59話 血の決算 ~相鉄の闇と、首切り役人の悦び~
昭和40年(1965年)、秋。
改軌を終えたばかりの相鉄本社に、どす黒い殺気が満ちていた。
「……高見。貴様の席はもうない。砂利運搬船の船底がお似合いだ」
常務の猪瀬が、歪んだ笑みを浮かべて言い放つ。
相鉄の闇は深い。戦後の混乱期、土地買収に暗躍した「土地ゴロ」あがりの重役たちが、利権に指を突っ込んで離さない。彼らにとって、五代と組んで「近代化」を進める高見は、自分たちの利権を壊す**「京急の犬」**に他ならなかった。
「背任、横領、そして女関係……。証拠はいくらでも捏造できる。明日には警察が来るぞ」
高見は、机を囲む五人の重役――通称**『五人衆』**を睨みつけた。
こいつらは、横浜西口の地権者を暴力まがいの手で追い出し、その土地をダミー会社へ転売して私腹を肥やしている。その隠し資産は億単位だ。
「……汚ねえツラして、よくもまあ」
「何と言おうと無駄だ。京急の五代も、今ごろは運輸省の追及を受けて身動きが取れまい。……さらばだ、高見課長」
* * *
土砂降りの雨の中、高見は品川の京急本社へと車を走らせた。
泥を跳ね上げ、視界もままならない。だが、高見の心は、怒りと同時に**「ある予感」**に震えていた。
(……あいつなら。五代なら、この汚泥をどう捌く?)
【京急本社・最上階】
深夜。五代の部屋は、不気味なほど静まり返っていた。
高見が部屋に飛び込むと、五代は大きな革張りの椅子に深く腰掛け、チェス盤を見つめていた。
「……五代。助けてくれ、なんて言わねえ。だが、あいつらは相鉄を食い潰す気だ!」
高見は、重役たちの汚職リストを叩きつけた。
「……ほう。この『五人衆』か。昭和の残滓だな」
五代は書類を一瞥もせず、ワイングラスを揺らした。
「高見。……俺がこのゴミを掃除してやってもいいが、その代わり、お前は**『人非人』**になる覚悟はあるか?」
「……何だと?」
「奴らをただクビにするんじゃない。社会的に、完全に、抹殺するんだ。
家族も、資産も、名誉も、全てを奪い取って路頭に迷わせる。……それを見届けるのが、お前の仕事だ」
五代が立ち上がり、高見の目の前に立った。
その瞳には、かつて見たこともないような、底冷えのする冷酷さが宿っていた。
「……っ!」
高見の喉が鳴った。
恐ろしい。この男は、自分と同じ「鉄道屋」だと思っていた。だが、その裏側には、敵を微塵切りにして笑う**「支配者」**の血が流れている。
高見は、五代の冷たい指先が、自分の顎を掬い上げるのを感じた。
「……どうした、高見。震えているぞ。
怖いか? それとも……この圧倒的な力に、興奮しているのか?」
五代の低い声が鼓膜を揺らす。
高見が脳裏に浮かべたのは、以前、横須賀の市役所ロビーで見かけた光景だ。
五代は、怒鳴ることもなく、静かに市長の前に立っていた。
「市長。……三浦半島の道路渋滞を放置し、京急の延伸を拒み続けるなら、我々は明日から三浦・横須賀行きのすべてのバスを運休します。……物流も、通勤も、マグロの鮮度も、すべて止まる。……さて、明日の市民への説明、私が代行しましょうか?」
市長が、真っ青な顔で震える手で京急の「共同開発合意書」にサインする。
その、**「喉元にナイフを突きつけながら、極上の微笑みを絶やさない」五代の底知れぬ力。
高見は、その「逃れられない支配」**に戦慄し、そして魅了されていたのだ。
(……ああ、そうだ。俺は……俺はこの狂気に、焦がれていたんだ……!)
「……あ、あんたの言う通りにする。……掃除してくれ。徹底的にな」
高見の声は微かに震え、上気していた。
表面上は屈辱に顔を歪めているが、体内を駆け巡るアドレナリンが、**「五代の支配」**という毒に甘く反応していた。
「……いい目だ、高見」
五代は受話器を取り、暗号のような言葉を発した。
「……例の件、始めろ。……『不祥事』だ。明日の朝刊、一面を買い取れ」
* * *
翌朝。
相鉄本社の玄関前には、何十台ものカメラと、検察の黒い車が列をなした。
『相鉄重役、西口再開発を巡る巨額脱税と背任』
『暴力団との黒い交際、発覚』
昨夜まで高見を嘲笑っていた「五人衆」は、一人、また一人と、手錠をかけられて連行されていった。
高見は、その様子を屋上から見下ろしていた。
隣には、コートの襟を立てた五代が立っている。
「……満足か、高見。これで相鉄(お前の城)は綺麗になった」
「……ああ。……胸糞悪いがな」
高見はわざとらしく吐き捨てた。
だが、その横顔は、新しい支配者・五代から与えられた**「自由という名の隷属」**に、どこか満足げな艶を帯びていた。
「……行け、高見。
ゴミがいなくなった西口に、相鉄の、いや、俺たちの**『ダイヤモンド』**を敷き詰めろ」
相鉄の闇は、京急の闇に飲み込まれ、浄化された。
これが、高見恭平による相鉄・西口開発戦争の火蓋だった。
次回、第60話。
「ダイヤモンド地下街の攻防 ~高島屋の女王と三越の刺客~」。
粛清を終えた高見の前に立ちはだかるのは、老舗百貨店のプライド。
そこで高見は、五代のさらなる「狂気」、**『金沢文庫・要塞化計画』**の断片を目の当たりにする。




