表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/121

第59話 血の決算 ~相鉄の闇と、首切り役人の悦び~

 昭和40年(1965年)、秋。

 改軌を終えたばかりの相鉄本社に、どす黒い殺気が満ちていた。

「……高見。貴様の席はもうない。砂利運搬船の船底がお似合いだ」

 常務の猪瀬いのせが、歪んだ笑みを浮かべて言い放つ。

 相鉄の闇は深い。戦後の混乱期、土地買収に暗躍した「土地ゴロ」あがりの重役たちが、利権に指を突っ込んで離さない。彼らにとって、五代と組んで「近代化」を進める高見は、自分たちの利権を壊す**「京急の犬」**に他ならなかった。

「背任、横領、そして女関係……。証拠はいくらでも捏造できる。明日には警察が来るぞ」

 高見は、机を囲む五人の重役――通称**『五人衆』**を睨みつけた。

 こいつらは、横浜西口の地権者を暴力まがいの手で追い出し、その土地をダミー会社へ転売して私腹を肥やしている。その隠し資産は億単位だ。

「……汚ねえツラして、よくもまあ」

「何と言おうと無駄だ。京急の五代も、今ごろは運輸省の追及を受けて身動きが取れまい。……さらばだ、高見課長」

        * * *

 土砂降りの雨の中、高見は品川の京急本社へと車を走らせた。

 泥を跳ね上げ、視界もままならない。だが、高見の心は、怒りと同時に**「ある予感」**に震えていた。

 (……あいつなら。五代なら、この汚泥をどう捌く?)

 【京急本社・最上階】

 深夜。五代の部屋は、不気味なほど静まり返っていた。

 高見が部屋に飛び込むと、五代は大きな革張りの椅子に深く腰掛け、チェス盤を見つめていた。

「……五代。助けてくれ、なんて言わねえ。だが、あいつらは相鉄を食い潰す気だ!」

 高見は、重役たちの汚職リストを叩きつけた。

「……ほう。この『五人衆』か。昭和の残滓だな」

 五代は書類を一瞥もせず、ワイングラスを揺らした。

「高見。……俺がこのゴミを掃除してやってもいいが、その代わり、お前は**『人非人ひとでなし』**になる覚悟はあるか?」

「……何だと?」

「奴らをただクビにするんじゃない。社会的に、完全に、抹殺するんだ。

 家族も、資産も、名誉も、全てを奪い取って路頭に迷わせる。……それを見届けるのが、お前の仕事だ」

 五代が立ち上がり、高見の目の前に立った。

 その瞳には、かつて見たこともないような、底冷えのする冷酷さが宿っていた。

 

「……っ!」

 高見の喉が鳴った。

 恐ろしい。この男は、自分と同じ「鉄道屋」だと思っていた。だが、その裏側には、敵を微塵切りにして笑う**「支配者」**の血が流れている。

 高見は、五代の冷たい指先が、自分の顎を掬い上げるのを感じた。

「……どうした、高見。震えているぞ。

 怖いか? それとも……この圧倒的な力に、興奮しているのか?」

 五代の低い声が鼓膜を揺らす。

高見が脳裏に浮かべたのは、以前、横須賀の市役所ロビーで見かけた光景だ。

五代は、怒鳴ることもなく、静かに市長の前に立っていた。

「市長。……三浦半島の道路渋滞を放置し、京急の延伸を拒み続けるなら、我々は明日から三浦・横須賀行きのすべてのバスを運休します。……物流も、通勤も、マグロの鮮度も、すべて止まる。……さて、明日の市民への説明、私が代行しましょうか?」

市長が、真っ青な顔で震える手で京急の「共同開発合意書」にサインする。

その、**「喉元にナイフを突きつけながら、極上の微笑みを絶やさない」五代の底知れぬ力。

高見は、その「逃れられない支配」**に戦慄し、そして魅了されていたのだ。

 (……ああ、そうだ。俺は……俺はこの狂気に、焦がれていたんだ……!)

「……あ、あんたの言う通りにする。……掃除してくれ。徹底的にな」

 高見の声は微かに震え、上気していた。

 表面上は屈辱に顔を歪めているが、体内を駆け巡るアドレナリンが、**「五代の支配」**という毒に甘く反応していた。

「……いい目だ、高見」

 五代は受話器を取り、暗号のような言葉を発した。

 「……例の件、始めろ。……『不祥事』だ。明日の朝刊、一面を買い取れ」

        * * *

 翌朝。

 相鉄本社の玄関前には、何十台ものカメラと、検察の黒い車が列をなした。

 『相鉄重役、西口再開発を巡る巨額脱税と背任』

 『暴力団との黒い交際、発覚』

 昨夜まで高見を嘲笑っていた「五人衆」は、一人、また一人と、手錠をかけられて連行されていった。

 高見は、その様子を屋上から見下ろしていた。

 隣には、コートの襟を立てた五代が立っている。

「……満足か、高見。これで相鉄(お前の城)は綺麗になった」

「……ああ。……胸糞悪いがな」

 高見はわざとらしく吐き捨てた。

 だが、その横顔は、新しい支配者・五代から与えられた**「自由という名の隷属」**に、どこか満足げな艶を帯びていた。

「……行け、高見。

 ゴミがいなくなった西口に、相鉄の、いや、俺たちの**『ダイヤモンド』**を敷き詰めろ」

 相鉄の闇は、京急の闇に飲み込まれ、浄化された。

 これが、高見恭平による相鉄・西口開発戦争の火蓋だった。

 次回、第60話。

 「ダイヤモンド地下街の攻防 ~高島屋の女王と三越の刺客~」。

 粛清を終えた高見の前に立ちはだかるのは、老舗百貨店のプライド。

 そこで高見は、五代のさらなる「狂気」、**『金沢文庫・要塞化計画』**の断片を目の当たりにする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ