番外編・第51話 佐山課長の憂鬱と、始末書の山
さ、佐山って誰だけっ?
昭和64年(1989年)、1月。
昭和が終わり、あと数日で「平成」という新しい時代が始まろうとしている、慌ただしい冬の日。
京急本社・総務部。
その一角にあるデスクで、佐山課長は胃薬を飲みながら、うず高く積まれた書類の山と格闘していた。
「……またか。また専務(五代)がやったのか」
手元にあるのは、運輸省からの**『厳重注意書』と、それに対する『弁明書(下書き)』だ。
件名は『北総線における車両性能試験に関する報告の不備について』**。
佐山は溜息をついた。
かつて第1話で、五代が乗り込んできた時に「君、名前は?」と聞かれた、あの若手社員だった佐山も、今や中堅管理職だ。
だが、その仕事内容は変わらない。
「五代専務が暴れる」→「佐山が尻拭いをする」。
この20年間、ずっとこれだ。
「……『160km/h出たから120km/hは安全です』なんて理屈、普通のお役所に通じるわけないでしょう……」
佐山はブツブツ言いながら、万年筆を走らせた。
五代は「ニヤリと笑って解決した」と思っているが、その裏でどれだけの人間が頭を下げ、書類を偽装……いや、**「解釈の変更」**を行っているか、あの人は知らない。
トンネルを勝手に掘った時の『地盤調査名目』の申請書。
モノレールとの『接続改札』の図面修正。
そして今回の『速度超過』の正当化文書。
全て、佐山が徹夜で仕上げた「芸術作品」だ。
「……佐山くん。やってるかね」
背後から、聞き慣れた、そして胃が痛くなる声がした。
振り返ると、五代専務が立っていた。
相変わらず、悪戯を思いついた子供のような目をしている。
「専務……。今度は何ですか?
これ以上、運輸省を刺激しないでくださいよ。私の胃に穴が開きます」
「ハハハ、すまんな。
だが、お前のおかげで140km/hの認可も取れた。感謝している」
五代は、佐山のデスクに缶コーヒーを置いた。
「……佐山。
いよいよ、時代が変わるな」
「ええ。平成ですね」
「昭和の間、俺たちはガムシャラに走ってきた。
穴を掘り、喧嘩を売り、無理やりスピードを上げてきた。
……だが、これからは『守り』と『攻め』が同時に来る時代だ」
五代は窓の外、品川の街を見下ろした。
「俺はこれから、少し**『外』**の仕事が増える。
相鉄の連中との連携や、成田への新線建設……政治的な動きだ」
五代は佐山の肩に手を置いた。
「だから佐山。……**『中』**は頼んだぞ」
「中……ですか?」
「ああ。
俺が外で暴れてくる間、お前がこの京急の**『実務』**を回せ。
運輸省との折衝、現場への指示、そして俺が持ち込む無理難題の処理……。
お前以外に、俺の意図を汲んで書類にできる奴はいない」
それは、引退勧告ではなかった。
**「共犯者」**としての、さらなる重圧の宣告だった。
「……専務。それ、給料上がりますか?」
「出世はさせてやる。だが、胃薬の量は増えるぞ」
五代はニヤリと笑い、役員室へと去っていった。
残された佐山は、缶コーヒーを握りしめ、苦笑した。
「……まったく。人使いが荒いんだから」
だが、佐山は知っていた。
この人が暴れ回ったおかげで、京急は「三流」から「一流の高速鉄道」に変わったことを。
そして自分も、その片棒を担いできたことに、奇妙な誇りを感じていることを。
「よし……やるか」
佐山は新しい便箋を取り出した。
タイトルは**『平成元年度・事業計画書(案)』**。
その中身には、五代が口走っていた「夢物語」が、現実的な「計画」として書き込まれていくことになる。
「まずは、この始末書を片付けてからだ……」
昭和が終わり、平成が始まる。
五代の暴走は止まらない。
そして、佐山の胃痛の日々もまた、新たなステージへと突入するのだった。
ほら1話で出てた秘書の(^q^)
忘れてた\(^o^)/




