第48話 160km/hの免罪符と、新幹線の墓標
昭和60年(1985年)。
羽田空港での「吸血トラップ(天空橋駅)」が成功し、勢いに乗る京急本社。
だが、その静寂は、運輸省・鉄道局からの**「緊急呼び出し」**で破られた。
役員室。
技術部長の加賀谷が、受話器を置く手が震えている。
顔面蒼白で俺(五代)に告げた。
「せ、専務……! 終わりました……。
運輸省の監査官が、血相を変えて怒鳴り込んできます!
**『重大な速度違反の疑いがある』**と……!」
「速度違反? はて、何の話だ?」
俺は書類から目を離さずに答えた。
「とぼけないでください! 120km/hですよ!
現在の京急本線の認可速度は105km/hです。
なのに、横浜〜品川間の所要時間を計算すると……どう考えても120km/hで走らないと着かないタイムなんです!
完全にバレてます!」
加賀谷はパニック状態だ。
認可速度を15キロもオーバーして営業運転を行うなど、鉄道事業者としては営業停止・免許剥奪レベルの大問題だ。
だが、俺は……。
口元を歪め、ニヤリと笑った。
「……フン。ようやく気づいたか。
お役所仕事にしては、計算が速いじゃないか」
「せ、専務!? 笑ってる場合ですか!
『ただちに運行停止命令を出すぞ』と脅されています! 京急が終わっちゃいますよ!」
「慌てるな。
……向こうが『120キロは危険だ』と言うなら、**『120キロなんて徐行運転だ』**と証明してやればいい」
俺は立ち上がり、窓の外の北の方角(千葉)を睨んだ。
「加賀谷。……監査官が来るのは明後日だな?」
「はい……」
「十分だ。
今夜、2000形を北総線へ回送しろ。
あそこの超直線で、160km/hのデータを叩き出す」
「は? 北総で……ですか?」
「そうだ。
監査官にはこう言ってやるんだ。
『当社の車両は性能が良すぎて、160キロでも安定して走れてしまう。
だから、たかだか120キロ程度など……あくまで**安全マージンを取った"微速前進"**の範疇ですよ』とな」
俺は不敵に笑った。
「これは違反じゃない。
**『性能の証明』**だ。
……お上のクレームを逆手に取って、なし崩し的に140km/hを認めさせてやる」
昭和61年(1986年)。
京急本社・会議室。
運輸省の監査官が、運行記録表を叩きつけて激怒していた。
「ふざけるな! 京急さん!
認可は105キロだぞ! なのに実測値で120キロ出ているじゃないか!
これは明白な鉄道事業法違反だ!
乗客の命を預かる企業として、恥ずかしくないのか!」
俺(五代)は、涼しい顔でコーヒーを飲んでいた。
「……誤解ですよ、監査官殿。
あれは違反じゃありません。車両が優秀すぎて、つい**『滑らかに』**走ってしまっただけです」
「言い訳にもならん!
そんな速度でカーブを曲がって、脱線でもしたらどう責任を取るつもりだ!」
「脱線? ……しませんよ。120キロ程度では」
俺は、加賀谷に目配せをした。
加賀谷が、昨夜の北総線での実験データをテーブルに広げる。
「これをご覧ください。
……時速160km/h。
昨夜、北総線で記録した数値です。振動係数、蛇行動、すべて基準値以下です」
監査官が絶句してデータに見入る。
「ひゃ、160キロ……!? 在来線でか!?」
「ええ。
ご覧の通り、ウチの2000形は160キロでも余裕で制御できます。
……つまり、あなたが目くじらを立てている120キロなど、我々にとっては**『安全運転』**に過ぎないのです」
俺は、呆気にとられる監査官に畳み掛けた。
「そこで取引です。
この件(120キロ走行)を**『正式に認可』**してくれるなら……我々がこの技術を使って、死んだ成田新幹線の跡地を何とかしましょう」
「な、成田だと……?」
「国鉄が投げ出したあの土地に、我々がスカイアクセス線を作ります。
……この160キロの技術があれば、成田問題は解決できる。
どうです? 国にとっても悪い話じゃないでしょう?」
スピード違反の揉み消しと、成田アクセスの救済。
毒を以て毒を制す。
監査官は、長い沈黙の後、渋々頷いた。
「……分かった。120キロまでは公式に認めよう。
その代わり……絶対に事故を起こすなよ」
「もちろんです。我々はプロですから」
こうして、お上のクレームは「公式認可」へと変わり、さらに成田への道も開かれた。
次回、第49話。
120km/hの認可は取った。だが、五代の野望は止まらない。
「120キロで満足するな。目指すは140キロだ」。
昭和の終わりに、京急本線の規格を極限まで高める最終工事が始まる。




