第47話 実験終了の合図と、解き放たれた赤い彗星
AIから編集長と呼ばれてます
平成22年(2010年)。
成田スカイアクセス線(成田新高速鉄道)がついに開業の日を迎えた。
それは、長きにわたる「北総実験線」の役割が終わる日でもあった。
開業前夜。
京急本社・指令室。
俺(五代)は、技術部長の加賀谷と共に、モニターに映る**「新型スカイライナー(AE形)」**を見ていた。
山本寛斎がデザインした「風」のような車両だ。
「……専務。北総での最終データが出ました」
加賀谷が分厚いファイルを差し出した。
「160km/h走行時の台車振動、架線離線率、ブレーキ距離……全てクリアです。
日本の在来線最速、160km/hは安全に運行できます」
「よし」
俺はファイルを閉じた。
世間は「成田へ36分! スカイライナー速い!」と騒いでいる。
だが、俺にとっての本番はここからだ。
「……加賀谷。このデータを、すぐに**『本線(品川〜横浜)』**の車両にインストールしろ」
「えっ? 今すぐにですか?」
「ああ。……待たせたな」
俺は、窓の外に広がる品川の夜景を見つめた。
「今まで本線では、120キロ……無理をして130キロで抑えてきた。
カーブが多い本線では、それが物理的な限界だと言われてきたからな。
……だが、北総で鍛え上げた『足回り(技術)』があれば、もう遠慮はいらん」
俺は指令室の電話を取った。
相手は、国土交通省の鉄道局長だ。
「……もしもし、京急の五代です。
スカイアクセス線の認可、ありがとうございました。
……つきましては、もう一つ申請していた件。
**『京急本線・最高速度140km/h化』**の認可も、降りたということでよろしいですね?」
電話の向こうで、局長がため息をつく気配がした。
『……北総での実験データを見る限り、理論上は可能です。
しかし五代さん、本当にやるんですか? 新幹線並みの保守が必要ですよ?』
「やりますよ。
そのための実験線だったんですから」
* * *
【開業当日】
成田空港駅。
一番列車の出発式が行われていた。
主役は、ブルーの流線型**「スカイライナー」**。
フラッシュの嵐の中、160km/hで都心へ向けて発車していく。
だが、その直後。
同じホームに、赤い電車が入線してきた。
**「アクセス特急(京急車)」**だ。
運転席に座るのは、かつて鬼教官・鬼頭にシゴかれたエース運転手、風間だ。
もう白髪が混じっているが、その目は現役そのものだ。
「……風間。準備はいいか?」
俺は無線で呼びかけた。
『いつでも行けます、専務。
……この新しい足(台車)、地面に吸い付くようです』
「北総区間は120キロで流せ。スカイライナーの露払いだ。
……だが、京急蒲田を過ぎて本線に入ったら……」
『……分かってますよ』
風間がニヤリと笑ったのが見えた。
『リミッター解除、ですよね?』
* * *
【京急本線・平和島付近】
スカイライナーとの接続を終え、本線に戻ってきた赤い快特。
ここからが、京急の真骨頂だ。
「出発進行! 制限解除!」
風間がマスコンを奥まで倒し込む。
フォォォォーーーン!!
インバータの歌声が高らかに響く。
今までの120km/hの壁を、あっさりと超えていく。
130……135……140km/h!
景色が溶ける。
並走するJR東海道線の電車が、まるで止まっているかのように後ろへ吹っ飛んでいく。
車内の乗客がざわめく。
「おい、速くないか?」
「JR抜いたぞ!?」
「揺れない……こんなに速いのに!」
これこそが、北総実験線で得られた**「制振制御」と「強化軌道」**の成果だ。
荒れた荒野でテストを繰り返し、泥まみれになって掴んだ技術が、今、過密ダイヤの本線で花開いたのだ。
本社・指令室で、俺はそのテレメトリーデータを見ていた。
「……美しい波形だ」
加賀谷が震えている。
「140キロ出しても、レールの歪みは許容値以内。……完璧です」
俺は深く息を吐いた。
長かった。
昭和の時代に「打倒国鉄」を誓い、北総の荒野へ飛び出し、成田の亡霊と戦い、羽田の地下を掘り進んだ。
その全ての点と点が繋がり、今、一本の**「超高速ネットワーク」**が完成した。
「……編集長……いや、天国の創業者たちよ」
俺は天井を見上げた。
「聞こえますか? この走行音が。
……京急はついに、**『路面電車』から『高速鉄道』**になったんです」
だが、感傷に浸っている暇はない。
モニターの隅で、異常を知らせるランプが点滅し始めた。
「……ん? なんだ?」
品川駅のホームカメラに、不穏な人だかりができている。
「専務! 品川駅でお客様が溢れています!
JRが……山手線も東海道線も、システムトラブルで全線ストップしています!」
来たか。
現代の鉄道最大の敵、システム障害。
140km/hの翼を手に入れた京急が、今度は**「首都圏最後の砦(振替輸送)」**として試される。
平成の某日。
北総線での160km/h実験データが本社に届き始めた頃。
突如として、首都圏の交通網に激震が走った。
『JR東日本、システム障害により全線運転見合わせ』
山手線、京浜東北線、東海道線……。
東京の大動脈が、朝のラッシュ時に完全に麻痺した。
品川駅のコンコースは、行き場を失った数十万人の通勤客で埋め尽くされ、怒号と悲鳴が飛び交う地獄絵図と化していた。
京急品川駅・駅長室。
駅長が、真っ青な顔で俺(五代)に報告に来た。
「専務! JRからの振替客が雪崩れ込んできます!
ホームに入りきれません! 入場規制をかけないと、将棋倒しが起きます!」
通常の鉄道会社なら、ここで「安全のため改札を閉める」のが正解だ。
だが、京急は違う。
「……閉めるな」
俺はモニターを見据えたまま言った。
「改札を全開放しろ。……全員、乗せるぞ」
「む、無理です!
今のダイヤじゃ捌ききれません! 電車が足りないんです!」
「ダイヤなんて捨てろ」
俺は、司令室への直通回線を開いた。
「……司令、聞いてるな?
これより**『Bダイヤ(非常時ダイヤ)』**へ移行する。
……いや、そんな生温いもんじゃない。
**『逝っとけダイヤ』**の発動だ」
【逝っとけダイヤとは?】
行先を決めず、とりあえず「行けるところまで行く」京急独自の運用術。
「快特・三崎口行き」が、状況判断で急に「特急・金沢文庫行き」に変わったり、また戻ったりする。
全ては、現場の運転主任と指令員の阿吽の呼吸で決まる。
「……いいか、品川のホームに電車を停めるな。
客を乗せたら、ドアが閉まり次第、即発車させろ。
行先表示なんか後でいい! 『電車』とだけ出しとけ!」
「で、ですが専務! 速度はどうします?
こんな過密運転じゃ、ノロノロ運転になりますよ!」
「逆だ。……飛ばせ」
俺は、北総線から届いたばかりの実験データを握りしめた。
「北総の実験で、足回りの強度は証明された。
……本線はまだ120キロ制限だが、今日は**『無理をして』130キロ**で回す。
駅間の移動時間を削り、一本でも多くピストン輸送させるんだ」
* * *
【品川駅ホーム】
「JRが止まってるぞ! 京急へ回れ!」
怒涛のような人波が、京急の狭いホームへ押し寄せる。
そこで仁王立ちしていたのは、あの佐藤助役(今はもう駅長クラスだが、現場が好きで出てきている)と、第32話で採用した**「学生バイト部隊(押し屋)」**の末裔たちだ。
「おい! 詰めろ詰めろ! まだ乗れるぞ!」
「ドア閉めます! 引いてください!」
ドスン! バタン!
暴力的なまでの手際で客を押し込む。
そして、発車ベルが鳴り終わる前に、電車が動き出す。
グォォォォン!!
ドレミファインバータの歌声すら聞こえないほどの急加速。
電車は、品川を出た瞬間からトップスピードに乗る。
運転席では、運転士が目を血走らせていた。
「……司令! 前の電車がまだ鮫洲にいるぞ!」
『構わん! ギリギリまで突っ込め!
C-ATS(デジタル信号)を信じろ! 130キロでケツに食らいつけ!』
本来なら危険な領域だ。
だが、今の京急には、北総で鍛えた「制振技術」と、第34話で導入した「最強の指令システム」がある。
線路上の電車たちは、まるでF1レースのように、超・過密間隔で130km/hのデッドヒートを繰り広げた。
* * *
車内では、JRから流れてきた客たちが怯えていた。
「……おい、速すぎないか?」
「JRより揺れるぞ!」
「つーか、この電車どこ行きなんだ!? 表示が**『貸切』になったり『特急』**になったりしてるぞ!」
だが、車内アナウンスが冷静に告げる。
『えー、本日JR線ストップのため、この電車は行けるところまで参ります。
……とりあえず横浜までは、JRさんより先に着きますのでご安心ください』
その言葉通り、赤い電車は次々と駅を通過し、ライバルの東海道線(停止中)を横目に爆走する。
ザマァ見ろ。
窓の外、線路上で立ち往生している緑とオレンジの電車(JR)が見える。
その横を、真っ赤な弾丸が130km/hで抜き去っていくカタルシス。
俺は、品川の指令室でその光景を見ていた。
「……どうだ、JRの連中。
これが、お前らがバカにしていた『下駄履き電車』の底力だ」
昼過ぎ。
ようやくJRが運転を再開した頃には、京急はすでに数十万人を運び終えていた。
現場のスタッフは全員、汗と脂でドロドロだ。
だが、その顔には「守りきった」という誇りがあった。
「……専務。なんとかなりましたね」
加賀谷部長が、冷や汗を拭きながら言った。
「しかし、130キロでの過密運転……車両への負担が半端ないです。
タイヤ(車輪)が削れて、交換時期が早まりますよ」
「構わん。金ならある」
俺は、北総のデータを指差した。
「それに、分かっただろう?
130キロでもまだ足りん。……JRが完全に死んだ時、俺たちが首都圏を支えるには、もっと『速さ』と『太さ』が必要だ」
俺は、次の課題を見据えた。
今回の振替輸送で露呈した弱点。
それは、品川駅の**「ホームの少なさ(2面3線)」と、横浜駅の「上下線の複雑さ」**だ。
「……品川を改造するぞ。
地平ホームをぶっ壊して、もっと巨大なターミナルにする」
そして、もう一つ。
震災の足音が、遠くから近づいている気がした。
その時、この「首都圏最後の砦」は、本当に持ちこたえられるのか?
品川 しなかわ?しながわ?




