第46話 天空の貴族、地下の吸血鬼に泣く
昭和60年(1985年)。
海老取川の地下を突破し、空港島の端っこ(整備場地区)に作られた**「京急・羽田駅(現・天空橋駅)」**が、ついに開業の日を迎えた。
地上には、東京モノレールの「整備場駅」がある。
そして地下には、我が京急の新駅がある。
この二つの駅は、俺(五代)の強引な設計変更により、地下通路で**「直結」**されていた。
開業初日の朝。ラッシュアワー。
俺は、駅長室のモニターで、改札口の様子を眺めていた。
隣には、不安そうな顔をした技術部長の加賀谷がいる。
「……専務。本当に客は来ますか?
ここはターミナルじゃありません。ただの島の端っこですよ」
「来るさ。……見ていろ」
午前8時。
モニターに異変が起きた。
モノレールの整備場駅から降りてきたサラリーマンや空港職員の群れが、出口へは向かわず、次々と**「京急乗り換え改札」**へと吸い込まれていくのだ。
『横浜方面へは京急が便利!』
『運賃も安い! モノレールより20分短縮!』
俺が事前にバラ撒いておいたビラが効いている。
今まで「浜松町経由」を強いられていた神奈川県民や横浜市民が、この「裏口ルート」に殺到したのだ。
「す、すごいです専務!
乗り換え客が止まりません! 改札機が悲鳴を上げています!」
俺はニヤリと笑った。
「……始まったな。**『吸血』**の時間だ」
* * *
数日後。
京急本社に、怒り狂った男たちが乗り込んできた。
東京モノレールの重役と、運輸省航空局の根津課長だ。
「おい五代! どういうことだ!」
重役が、真っ赤な顔で収支報告書を叩きつける。
「貴様の駅ができてから、ウチ(モノレール)の客が激減したぞ!
特に横浜・川崎方面の客が、ごっそりそっちへ流れている!
……まるで**『寄生虫』**じゃないか!」
根津課長も青筋を立てている。
「そうだ! これは営業妨害だ!
『従業員輸送のため』と言って許可したはずだ。なんで一般客まで吸い上げているんだ!」
俺は、優雅に茶を啜りながら答えた。
「人聞きの悪い。……**『利便性の向上』**と言ってください」
俺は立ち上がり、二人の前へ歩み寄った。
「あなた方は言いましたよね?
『京急のような三流電車は、空港の表玄関には相応しくない』と。
『品格がないから、裏口(整備場)で止まっていろ』と」
俺は二人の顔を覗き込んだ。
「だから、仰せの通りにしましたよ。
裏口で大人しく客を待っていたら……**『お客様の方から勝手に』**乗り換えてきたんです。
……モノレールよりも、京急の方が安くて速くて便利だと、お客様が判断したんでしょう?」
「ぐぬぬ……ッ!」
重役が言葉に詰まる。
「品格」などという精神論では、「便利さ」と「安さ」には勝てない。それが交通機関の真理だ。
「……このままじゃ、モノレールは赤字転落だぞ!
国策会社を潰す気か!」
「知ったことではありませんね」
俺は冷たく言い放った。
「嫌なら……**『京急の本線乗り入れ(新ターミナル直下への延伸)』**を認めることです」
二人が息を呑む。
「我々を本丸に入れれば、こんなコソコソした吸い上げはやめますよ。
正々堂々、ターミナルでお客様に選んでもらいましょう。
……それとも、このまま指をくわえて、客を吸われ続けますか?」
根津課長がわなわなと震え、膝から崩れ落ちそうになった。
「三流」と見下していた相手に、生殺与奪の権を握られた屈辱。
「……く、くそぉぉぉッ!!
覚えていろ五代……! いずれ吠え面をかかせてやる!」
捨て台詞を吐いて逃げ帰るエリートたちの背中を見ながら、加賀谷が腹を抱えて笑った。
「あはは! 見ましたか専務! あの顔!
いやあ、溜飲が下がりましたよ!」
「ああ。……だが、これで奴らも本気で潰しにかかってくるだろう」
俺は、窓の外の空を見上げた。
勝利の美酒は旨いが、これで終わりではない。
モノレールを黙らせ、空港アクセス権を実質的に手中に収めた今、次に必要なのは……この勝利を確定させるための**「圧倒的な速度(140km/h)」**だ。
奴らが二度と「三流」と呼べないような、化け物のような速さを手に入れる必要がある。
「……加賀谷。遊びは終わりだ。
次は、あの**『北総の荒野』**へ行くぞ」
次回、第47話。
「北総の荒野に、赤い彗星は解き放たれる」。
モノレールとの戦いを制した五代は、本線140km/h化の認可をもぎ取るため、千葉・北総線の直線で、2000形の**限界突破実験(160km/hトライアル)**を敢行する。




