第45話 天空の橋頭堡(きょうとうほ)と、禁断の不動産錬金術
昭和60年(1985年)。
海老取川の川底を突破した京急のトンネルは、空港島の端っこ、**整備場地区(現在の天空橋駅付近)**の地下に到達していた。
だが、ここで京急は「兵糧攻め」に遭っていた。
駅の建設費がないのだ。
本来なら国から出るはずの「空港整備補助金」が、運輸省の嫌がらせで一円も降りない。
建設現場のプレハブ小屋。
俺(五代)は、資金繰りに頭を抱える経理部長と、図面を睨む加賀谷(技術部長)の前に立っていた。
「……専務。もう限界です。
トンネルは掘れましたが、駅の内装やエスカレーター、改札機……金が足りません。
銀行も『国の認可が降りてない駅には貸せない』と渋っています」
加賀谷が悔しそうに机を叩く。
「くそっ……! 運輸省の根津課長の差し金か。
『三流電車には、暗い穴がお似合いだ』とでも言う気か!」
俺は、窓の外を見た。
目の前には海老取川。その向こうには、かつて漁師町だった羽田の古い町並みが広がっている。
さらにその奥には、広大な**「空港跡地(旧ターミナル移転後の空き地)」**が生まれる予定だ。
「……金ならあるさ」
俺はニヤリと笑った。
「な、あるんですか!? どこに?」
「ここだよ」
俺は、地図上の**「羽田の町(大田区羽田・穴守稲荷周辺)」**を指差した。
「いいか。今、この辺りの土地はただの『騒音公害の町』として、二束三文で取引されている。
……だが、ここに京急の新駅ができ、空港島への玄関口になったらどうなる?」
経理部長がハッとする。
「……地価が、跳ね上がりますね」
「そうだ。
俺は、トンネル工事と並行して、この周辺の土地をダミー会社を使って買い漁らせておいた。
……その含み益を担保に、銀行から金を引っ張る。
名付けて**『羽田再開発・錬金術』**だ」
俺は図面に赤い線を引いた。
「駅を作るだけじゃない。
駅の上に**『商業ビル』や『ホテル』**を建てる計画をぶち上げるんだ。
……そうすれば銀行は『鉄道事業』じゃなく『不動産事業』として金を貸す。
国の補助金なんぞ待つ必要はない」
加賀谷が呆れ半分、感心半分で溜息をつく。
「……専務、あなたは鉄道屋ですか? それとも地上げ屋ですか?」
「勝つためなら何にでもなるさ。
……さあ、これで駅は作れる。
次は、中身だ」
* * *
数ヶ月後。
突貫工事で建設された**「羽田駅(仮称・現 天空橋駅)」**の地下ホーム。
俺は、完成間近のコンコースを視察していた。
そこに、慌てふためいた様子で、モノレールの重役と運輸省の役人が怒鳴り込んできた。
「おい五代! どういうつもりだ!」
重役が、設計図を突きつける。
「この駅の出口……なんでウチ(モノレール)の整備場駅の真下にあるんだ!?
しかも、**『乗り換え改札』**を作るだと!?」
俺は、すっとぼけた顔で答えた。
「ああ、それですか。
……親切心ですよ。
モノレールさんの駅は高架の上。ウチは地下。
別々に改札を出ると、雨の日にお客さんが濡れてしまうでしょう?
だから、地下で直結しておきました」
「ふざけるな!
そんなことをしたら……モノレールの客が、ここで京急に流れるじゃないか!」
重役の顔が青ざめる。
そう、これこそが俺の狙い、**「吸血トラップ」**だ。
モノレールは浜松町へ直行する。横浜や神奈川方面への客にとっては不便だ。
だが、この「羽田駅」で京急に乗り換えれば、横浜へは20分も短縮できる。運賃も安い。
「……選ぶのはお客様ですよ」
俺は冷たく言い放った。
「あなた方が『品格』だ何だと言って、ウチをターミナルから締め出したから……こうやって『裏口』で客を拾うしかないんです。
……文句があるなら、ウチを本丸(新ターミナル)まで延伸させてくれますか?」
役人は言葉に詰まった。
ここで「NO」と言えば、この吸血駅は永遠に残り、モノレールの利益を吸い続ける。
かといって延伸を認めれば、京急の完全勝利だ。
「……くっ、覚えていろ!
こんな駅、誰も使うものか! 整備士しか降りない駅だ!」
捨て台詞を吐いて去っていく二人を見送りながら、俺は加賀谷と笑い合った。
「……かかったな」
「ええ。これで奴らは、京急を無視できなくなりました」
この「羽田駅(天空橋)」は、単なる仮設駅ではない。
国の喉元に突きつけたナイフだ。
ここでの乗換客が増えれば増えるほど、**「なぜ京急をターミナルに入れないんだ?」**という世論の声が高まる。
昭和の終わり。
京急はついに、空港島の中に、消えない**「橋頭堡」**を築いた。




