第40話 最強の駅員と、湯けむり駅そば人情
複々線化?
知らない子ですね
第40話 最強の駅員と、湯けむり駅そば人情
昭和47年(1972年)、冬。
組織再建の仕上げとして、俺(五代)は京急川崎駅のホームにいた。
週末の夜。川崎は「修羅の国」だ。
競輪・競馬帰りのオヤジ、工場上がりの労働者、そして泥酔したサラリーマンたちが入り乱れている。
「おいコラ! なんでドア閉めるんだ!」
「俺は客だぞ! お客様は神様だろうが!」
ホームの端で、若い駅員が酔っ払いに絡まれていた。
酒瓶を振り回し、暴れている。
「……助けに入るか?」
俺が動こうとした時、駅長室から一人の男がゆっくりと出てきた。
ベテラン駅員・大山。
柔道三段、合気道の達人という噂の「川崎の主」だ。
白髪交じりの短髪に、分厚い手。制服が筋肉で張り詰めている。
「……お客様。どうなさいました?」
大山が、静かな声で近づく。
「ああん? なんだテメェは! 痛い目に遭いたくなけりゃ……」
酔っ払いが酒瓶を振り下ろそうとした瞬間。
ヒュンッ!
大山の手が動いたかと思うと、酔っ払いの体が一回転し、ホームの床に組み伏せられていた。
暴力ではない。流れるような関節技だ。
「……痛たたた! 離せ!」
「お客様。ここは駅です。他のお客様のご迷惑になります」
大山は顔色一つ変えず、酔っ払いの耳元で囁いた。
「神様なら、もっと静かに振る舞ってください。……仏様になりたくないでしょう?」
「す、すいません! もうしません!」
一瞬で制圧完了。
周りの客から拍手が起きる。
若い駅員が駆け寄る。「ありがとうございます、大山さん!」
「……気にするな。怪我はないか?」
大山は制帽を直し、何事もなかったかのように業務に戻った。
俺は唸った。
京急の駅員は、ただのサービス業じゃない。
荒くれ者たちを相手に、体を張って安全を守る**「保安官」**なのだ。
* * *
終電後。
駅のシャッターが下りた構内に、いい匂いが漂い始めた。
「……専務。一緒にどうです?」
大山が、ホームの端にある**「立ち食いそば屋」**の暖簾をくぐった。
本来は閉店時間を過ぎているが、激務を終えた駅員たちのために、おばちゃんが特別に店を開けてくれているのだ。
「いただきます」
俺は**「天ぷらそば」**を注文した。
出てきたのは、真っ黒な醤油つゆ(関東風)に、巨大なかき揚げが乗った一杯。
ネギが山盛りだ。
ズズズッ……!
熱い。そして濃い。
カツオ出汁の効いた塩辛い汁が、疲れた体に染み渡る。
「……うめぇ」
隣では、さっき酔っ払いに絡まれていた若い駅員が、ハフハフと言いながら麺をすすっている。
「これが一番のご馳走ですよ」
大山が七味唐辛子を振りかけながら笑った。
「酔っ払いをなだめて、満員電車に客を押し込んで、クタクタになった後に啜るこの一杯。……これがあるから、明日も戦えるんです」
俺は、丼の底を見つめた。
五代としての「金」や「技術」の改革も大事だ。
だが、京急を支えているのは、この一杯のそばと、彼らの**「現場魂」**だ。
「……おばちゃん」
俺はカウンターの奥に声をかけた。
「ここのそば、もっと美味くできないか?
……麺を自家製麺にするとか、かき揚げの海老を大きくするとか」
「えっ? そりゃあ予算があればできますけど……」
「出そう。……全駅の『駅そば』のクオリティを上げろ」
俺は大山たちを見た。
「駅員たちが毎日食うもんだ。……日本一美味い『駅そば』にしてくれ。
それが、俺からのささやかなボーナスだ」
「……専務、粋なことしますねぇ!」
大山がニヤリと笑い、残りの汁を飲み干した。
* * *
こうして、京急の「組織再建・北総開発編」は幕を閉じた。
運転士は、鬼教官とドレミファインバータを手に入れた。
保線員は、東北の巨人と最強のまかない飯を手に入れた。
駅員は、武道と極上の駅そばを手に入れた。
そして北総には、未来のための実験線が完成した。
組織は筋肉の塊になった。
もう、どこから攻められても揺るがない。
俺は、空になった丼を置いた。
「……ご馳走さん。
さて、腹も満たしたし……行くか」
「どこへです?」
大山が聞いた。
「**『空』と『海』**だ」
俺は、南の空を見上げた。
「羽田空港の沖合展開と、成田空港への進撃。
……いよいよ、国際化の幕開けだ」
【次回更新予定】
41話〜 2月21日(土曜日)




