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第4話 港北の錬金術と、ドイツの魔術師

 一ヶ月後。

 京急本社の役員会議室は、お通夜のような静けさ……ではなく、興奮の坩堝るつぼと化していた。

「ご、五代専務! 見てください、これ!」

 経理担当の谷口常務が、新聞を握りしめて駆け寄ってきた。

 その手は震え、顔は紅潮している。

 一面にはデカデカと**『第三京浜道路、建設計画決定』『港北ニュータウン開発へ』**の見出しが踊っていた。

「当たった……! あんたの言った通りだ!」

「地価はどうなりました?」

 俺はコーヒーを啜りながら、冷静に尋ねた。

「5倍です! いや、まだ上がっている! 買い占めた山林が、一晩でダイヤモンドに変わりましたよ!」

 会議室中がどよめいた。

 役員たちは俺を、まるで生き神様か何かのように見ている。

 一ヶ月前は「若造」と嘲笑っていた連中が、今は俺の靴を舐めかねない勢いだ。

「五代くん、いや五代さん! この利益、どうしますか? 株主に還元しますか? それとも相鉄の株を買いますか?」

「……相鉄?」

 俺は鼻で笑った。

「そんな『小物』は後回しだ。まずは武器を作る」

 俺は立ち上がり、アタッシュケースを掴んだ。

 中には、換金したばかりの小切手と、加賀谷が徹夜で描いた設計図が入っている。

「武器?」

「ああ。世界をひっくり返すための兵器だ。……社長、行ってきます」

 上座の大原社長は、ニヤリと笑って顎をしゃくった。

「土産話を楽しみにしているぞ。……ドイツのビールとな」

        * * *

 数日後。西ドイツ・ミュンヘン。

 重厚な石造りの建物が並ぶ街並みを、俺と加賀谷は歩いていた。

「……寒いですね、ドイツは」

 加賀谷がコートの襟を立てて震えている。

 だが、その目は燃えていた。目の前にそびえ立つのは、欧州最大の電気機器メーカー、**シーメンス(Siemens AG)**の本社ビルだ。

「ビビるなよ、加賀谷。向こうは世界企業だが、こっちは未来人だ」

「ビビってませんよ。……武者震いです」

 受付を通り、通されたのは広大な会議室だった。

 待っていたのは、頑固そうなドイツ人の技術者たち。彼らは東洋から来た若者二人を、明らかに侮った目で見下ろしていた。

「ミスター・ゴダイ。話は聞きました」

 技術部長のシュミット博士が、英語で口を開いた。

「我が社のパワートランジスタ(GTOサイリスタの原型)を使いたいと? ……悪いが、あれはまだ実験室レベルだ。鉄道のような大電力には耐えられない」

「耐えられますよ」

 俺は即答した。

「ハッ、素人が。日本の電車は吊り掛け駆動だろ? 最新のカルダン駆動ですら、抵抗制御が限界だ。インバータ制御など、夢物語だ」

 シュミット博士が肩をすくめる。

 周囲のドイツ人たちも失笑した。「帰ってスシでも握ってろ」という空気が流れる。

 俺は加賀谷に目配せをした。

 加賀谷が無言で、風呂敷包みから一枚の図面を取り出し、テーブルに広げた。

「……なんだこれは?」

 シュミットが眼鏡の位置を直して覗き込む。

「あんたのトランジスタを使った、**『可変電圧・可変周波数制御(VVVF)』**の回路図だ」

 加賀谷が流暢なドイツ語(一夜漬け)で言った。

「スイッチング周波数は1kHz。キャリア波を変調させて、正弦波に近い電流を作る。……これなら、モーターは燃えない」

 シュミットの目が釘付けになった。

 図面には、彼らが開発中の素子の特性が、完璧に予見されて書き込まれている。いや、彼ら自身も気づいていなかった「熱対策」のアイデアまで盛り込まれている。

「……誰が書いた? これを」

「俺だ。……いや、こいつ(五代)の妄想を、俺が形にした」

 俺は小切手をテーブルに叩きつけた。

 金額を見た瞬間、ドイツ人たちの顔色が変わった。

 当時の日本円にして数億円。港北の土地転がしで得た「あぶく銭」だ。

「金はある。技術もある。……足りないのは、あんたたちの『勇気』だけだ」

 俺は挑発した。

「それとも、シーメンスは臆病風に吹かれて、この歴史的な発明を日本(東芝や日立)に譲るつもりか?」

 シュミットの額に青筋が立った。

 ゲルマン魂に火がついたのだ。

「……面白い。東洋のサルが、我々に技術を教えるというのか」

 シュミットはニヤリと笑い、俺たちに手を差し出した。

「いいだろう。そのクレイジーな実験に付き合ってやる。……ただし、爆発しても知らんぞ」

「望むところだ」

 俺は彼の手を握り返した。

「それと、もう一つ注文がある」

 俺は付け加えた。

「インバータの磁励音ノイズだが……。**『ファソラシドレミファ』**と鳴るように設定してくれ」

「は? ……音楽ミュージック?」

 シュミットが呆気にとられる。

「そうだ。ただの騒音じゃ客が怖がる。……あれは『未来の旋律』なんだよ」

 加賀谷が横で吹き出した。

「言っちまいやがった。……博士、こいつは本気ですよ。やってやりましょう」

 シュミットは天を仰ぎ、そして大笑いした。

「狂ってる! お前たちは狂ってるよ! ……最高だ!」

        * * *

 こうして、ミュンヘンの夜は更けていった。

 ビールとソーセージ、そして回路図を囲んで、日独の技術オタクたちが激論を交わす。

 そこには国境も、言葉の壁もなかった。あるのは「誰も見たことのない電車を作りたい」という狂気だけ。

 翌朝。

 ホテルに戻った俺は、窓の外の朝焼けを見ながら、次の手を考えていた。

「……さて。心臓インバータは手に入った。次は『体』だ」

 加賀谷が眠そうな目をこすりながら起きてきた。

「体? 車体のことですか?」

「ああ。今の18メートル車じゃ、この怪物は積めない。……20メートル級の大型車体が必要だ」

「無理ですよ。京急のトンネルは狭い。20メートル車なんて入れたら、壁にぶつかります」

「だから、掘るんだよ」

 俺は日本の方角を睨みつけた。

 帰国したら、すぐに全線のトンネル拡張工事だ。

 金はまだある。……足りなければ、また予言をすればいい。

「加賀谷、帰ったら忙しくなるぞ。……次は『土木部』を殴りに行く」

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