第38話 幸せの黄色い電車と、暴走する伊勢海老
昭和47年(1972年)。
北総実験線でのテストも順調に進み、俺(五代)は久しぶりに横浜駅の**「お忘れ物センター」**を視察していた。
鉄道会社には、毎日山のような「忘れ物」が届く。
傘、カバン、弁当箱……。
だが、京急の忘れ物は、どこかおかしい。
「……うわぁぁぁ!! 専務! 逃げてください!」
センター長の悲鳴が響いた。
「なんだ、どうした?」
俺がドアを開けると、そこはパニック映画のワンシーンだった。
床の上を、黒い物体がカサカサと這い回っている。
一匹や二匹じゃない。十匹以上だ。
「……伊勢海老?」
「三崎からの快特のお客様が、網袋ごと忘れていかれたんです!
袋が破れて、脱走しました!」
センター長が箒で応戦しているが、海老たちはハサミを振り上げて威嚇している。
活きが良すぎる。さすが三崎の海産物だ。
「……ったく、しょうがないな」
俺は上着を脱ぐと、素手で伊勢海老の背中をひょいと掴んだ。
「お、おい! 鍋を用意しろ!」
「えっ? 鍋ですか?」
「『保管』だ! ……とりあえず茹でておけ! 生のままだと共食いするぞ!」
(※嘘である。五代と駅員たちが後でスタッフがおいしく……するための口実だ)
* * *
海老騒動が一段落した頃、センター長が妙な報告書を持ってきた。
「専務……。最近、お客様から変な問い合わせが増えてまして」
「変な問い合わせ?」
「はい。**『黄色い電車を見ましたか?』**という電話が殺到しているんです」
センター長は首をかしげた。
「ウチの電車は『赤』です。黄色なんて、保線用の貨車くらいしかありませんよ。
なのに、『黄色い電車を見ると幸せになれる』なんて噂が広まってまして……」
俺はハッとした。
『イエローハッピートレイン』。
史実では2014年に登場する、「見ると幸せになる」と言われる京急の黄色い電車だ。
だが、この時代にはまだ存在しないはずだ。
「……ああ、それか」
俺は、金沢文庫の車両基地で行った「ある実験」を思い出した。
数日前。
俺は塗装担当者に指示を出していた。
『おい、余ってる錆止め塗料(黄色)があるだろ?
あれを1000形の一編成に塗ってくれ。
……霧の多い三浦半島で、視認性がどう変わるかテストしたい』
ただの「視認性テスト」のための黄色塗装。
それが、たまたま本線を走ったところを目撃され、都市伝説化してしまったのだ。
「……専務。どうします? 『あれはただの試験塗装です』って発表しますか?」
広報担当が困惑している。
「バカ言え」
俺はニヤリと笑った。
「乗っかるんだよ。……その噂に」
* * *
翌日。京急の中吊り広告に、新しいポスターが躍った。
『探せ! 幸せの黄色い京急』
『神出鬼没! 見つけたらその日は大吉!』
「嘘は言ってないぞ。……珍しいのは事実だ」
俺は、駅のホームで黄色い電車に群がる子供たちを見て満足げに頷いた。
ただの試験車両を、物語に変えるだけで、客は喜んで探してくれる。
これが「ブランド戦略」だ。
赤い電車ばかりの中に、一編成だけ紛れ込む黄色い異端児。
それは、退屈な通勤ラッシュに少しだけ「彩り」を与えていた。
その時、駅長室から怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから! 遺骨なんて預かってねえよ!」
「大切な仏様なんだ! 網棚に忘れたんだよ!」
どうやら、今度は**「骨壷」**の忘れ物らしい。
京急の日常は、海老から仏様まで、今日も賑やかだ。
「……やれやれ。現場は飽きないな」
俺は、騒がしい駅長室を後にした。
電車は人を運ぶだけじゃない。
誰かの夕飯(海老)や、誰かの先祖(骨)や、誰かの小さな幸せ(黄色い電車)を運んでいる。
そんな当たり前のことに気づかされた一日だった。
……だが、のんきな日常回はここまでだ。
次回、京急のもう一つの主役、**「バス部門」**が意地を見せる。
台風で電車が止まった夜。
陸の孤島と化した団地へ、命知らずのバス運転手たちが突撃する。




