表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/54

第37話 荒野のアリア(重奏)と、鬼教官の指揮棒

 昭和47年(1972年)。

 北総実験線(千葉ニュータウン)の車両基地。

 そこに、ドイツ・シーメンス社から空輸された、巨大な木箱が積まれていた。

「……専務。これ、いつもの『ドレミファ』と何が違うんです?」

 技術部長の加賀谷が、怪訝な顔で中身を覗き込む。

 京急本線の2000形には、既に初期型の「歌うインバータ」が搭載されている。今さら珍しくもない。

「**『肺活量』**が違う」

 俺(五代)は、鈍く光る巨大なユニットを叩いた。

「本線のやつは、あくまで120〜140キロ用だ。

 だが、こいつは**『GTO-VVVF 改(高出力型)』**。

 160キロ……いや、将来的には200キロまで一気に加速させるための、化け物スペックだ」

 俺はニヤリと笑った。

「出力が上がれば、音も変わる。……聴かせてやろう。**『荒野のアリア』**をな」

 【実験開始】

 試作車「デト9000形」に搭載された新型ユニットが起動する。

 ファソラシドレミファソ〜〜ラ〜〜シ〜〜ド〜〜〜♪

「うおっ!?」

 加賀谷たちが耳を塞いだ。

 音がデカい。そして、音階が長い。

 従来の「ドレミファ」が可愛く聞こえるほどの重低音と、どこまでも伸びる高音。

 それは、ただの機械音ではなく、まるでパイプオルガンのような荘厳な響きだった。

「すげえ……。空気が震えてやがる」

「これが、160キロを叩き出すパワーか……」

 だが、問題はこの「暴れ馬」を誰が御するかだ。

 パワーがありすぎて、アクセル(ノッチ)を少し入れただけで、背中を蹴飛ばされたように加速する。

 繊細なブレーキ操作ができなければ、ホームを行き過ぎて壁に激突するだろう。

「……マシンは最高だ。だが、乗り手が三流じゃ振り落とされる」

 俺は、北総の荒野を見つめた。

「調教が必要だ。……本線のヌルい運転士じゃ扱いきれん」

        * * *

 京急久里浜・動力車操縦者養成所(通称:地獄の虎の穴)。

 新しく建設されたこの施設からは、連日、男たちの悲鳴と竹刀の音が響いていた。

「バカ野郎! 『ソ』の音でノッチを切れと言っただろうが!」

 バチンッ!!

 教官室に座っていたのは、眼帯をした初老の男、**鬼頭きとう**だ。

 元・戦闘機乗り(という噂のSL機関士あがり)である伝説の男を、俺がスカウトしてきた。

「……よう、専務。ドイツの新型ハイパー・ドレミファの調子はどうだ?」

 鬼頭が、竹刀を磨きながらギロリとこちらを見た。

「じゃじゃ馬だよ。……アクセルワークがシビアすぎて、普通の運転士じゃ首がムチ打ちになる」

「だろうな。……だが、ここの連中なら大丈夫だ」

 鬼頭は、教習コースでしごかれている訓練生たちを顎でしゃくった。

 そこには、国鉄や地方私鉄から引き抜いてきた、腕に覚えのある荒くれ者たちがいた。

 彼らは目隠しをされ、ヘッドホンで「インバータの音」だけを聴きながら、シミュレーターを操作している。

「……『ファ』……『ソ』……今だッ!」

 カチャッ。

 正確なタイミングでノッチを切る。

 メーターを見ずに、音(周波数)だけで速度を感じ取る訓練だ。

「俺が仕込んだのは『絶対音感』ならぬ**『絶対速度感』**だ」

 鬼頭がニヤリと笑った。

「160キロの世界じゃ、メーターを見てる暇なんてねえ。

 ケツに伝わるG(重力)と、モーターの歌声だけで、今の速度とブレーキタイミングを判断させる」

「……まるでF1レーサーだな」

「その通りだ。……卒業する頃には、全員『マエストロ(指揮者)』にしてやるよ。

 この暴れ馬を、指一本で優雅に歌わせてみせる」

        * * *

 数ヶ月後。

 北総の実験線。

 運転席には、鬼頭のシゴキに耐え抜いた若手運転士、**風間かざま**が座っていた。

 その目は鋭く、手つきには迷いがない。

「……出発進行」

 マスコンを倒す。

 グォンッ!

 強烈なGがかかるが、風間は表情一つ変えない。

 

 ファソラシドレミファソ〜〜♪

 

 新型インバータが咆哮する。

 120キロ……140キロ……150キロ……。

 風間は、その「歌声」に合わせて、まるで楽器を演奏するようにノッチを刻んでいく。

 

 160km/h到達。

 振動はない。音だけが、美しく響いている。

「……いい音だ」

 風間が小さく呟いた。

「こいつ、もっと速く走りたがってる」

 俺は、後ろで見守りながら確信した。

 ハード(高出力ドレミファ)と、ソフト(鬼頭チルドレン)。

 この二つが揃えば、京急は無敵だ。

「……よし。この技術、本線にも順次フィードバックするぞ」

「ただし、あっち(本線)はカーブが多いから、音階を少し『短調マイナー』に変えておくか」

 歌う最強の電車と、戦闘機乗りの魂を受け継いだ運転士たち。

 京急の「品質」は、北総の地で完成された。

 だが、厳しい話ばかりではない。

 次回は少し肩の力を抜いて、現場の「日常」を覗いてみよう。

 幸せを呼ぶ黄色い電車と、忘れ物センターに届いた「生きたアレ」の話だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ