第36話 財布殺しの運命と、錬金術のニュータウン
昭和47年(1972年)。
北総線(実験線)の工事は順調に進んでいた。
だが、開業を前にして、開発公団の理事たちが真っ青な顔で俺(五代)の元へやってきた。
「……五代専務。計算が出ました」
理事が震える手で、運賃の試算表を差し出した。
『初乗り:〇〇〇円』
『都心まで往復:〇〇〇〇円』
「……高いな」
俺は眉をひそめた。当時の物価からしても、目が飛び出るような金額だ。
高規格な線路を作ったつけが、建設費の償還(借金返済)として運賃に跳ね返っている。
「仕方ないんです! 金利が高いし、用地買収も難航して……。
これじゃあ、住民は『財布殺し』だと暴動を起こしますよ!」
理事の言う通りだ。
史実でも、北総線は「高運賃」がネックとなり、住民が増えず、さらに運賃が上がるという悪循環に陥った。
だが、俺にとっては困る。
**「客が乗ってくれないと、満員時の高速走行データが取れない」**からだ。
空っぽの電車で160km/h出しても、実験にならない。
「……理事。運賃を下げろ」
俺は命令した。
「国鉄並み……いや、京成より安く設定しろ」
「無理です! 赤字で破産します!」
「破産させない。……鉄道の赤字は、他で埋める」
俺は、ニュータウンの地図を広げた。
まだ何もない、駅前の広大な空き地を指差した。
「ここだ」
「は? 駅前広場ですが……」
「ここを、京急不動産に売れ。二束三文でいい」
俺はニヤリと笑った。
【五代の錬金術:阪急モデルの逆輸入】
「鉄道だけで儲けようとするから無理が出る。
……俺たちは、ここに**『街』**を作る」
俺は構想を語り始めた。
「駅前に巨大なショッピングモール、マンション、オフィスビル……全て京急グループが建設・運営する。
鉄道が赤字でも、不動産と流通でガッポリ稼げばいい。
その利益を、鉄道の借金返済に回すんだ」
これは、かつて小林一三(阪急)がやった手法であり、後の東急が得意としたやり方だ。
だが、公団主導のニュータウンでは、「鉄道」と「街づくり」の財布が別々だったため、この連携ができなかった。
俺はそれを、京急資本で無理やり統合させる。
「さらに、これだ」
俺はもう一枚の企画書を出した。
『実験協力パス(モニター定期券)』
「住民には、格安の『モニター定期券』を販売する。
条件は一つ。……乗車中にアンケートに答えたり、揺れのデータを測定する機器を持たされたりすることに同意することだ」
「はあ!? 客を実験台にするんですか!?」
「人聞きが悪いな。……『未来の鉄道を作るパートナー』と言ってくれ。
住民は安く乗れる。俺たちは生きたデータが取れる。
……文句あるか?」
理事は呆れ果てていたが、他に道はない。
高運賃で自滅するか、京急の実験場になって生き残るか。
「……分かりました。駅前の土地、お譲りします。
その代わり……絶対に住民を増やしてくださいよ!」
「任せろ。……京急ブランドで、即日完売にしてやる」
* * *
数ヶ月後。
北総線の駅前には、**『京急ニュータウン・千葉』**の看板が立ち並び、モデルルームには行列ができていた。
キャッチコピーは強烈だった。
『都心まで〇〇分! 160km/hの夢(実験)に乗ろう!』
『定期券格安! ただし、たまに揺れます!』
正直すぎる広告だったが、安さと速さに飢えていたサラリーマンたちは飛びついた。
入居希望者が殺到し、街は一気に活気づいた。
そして、運命の開業日。
真新しいホームには、通勤客が溢れていた。
やってきたのは、銀色のボディに赤いラインの新型車両。
プァァァーーッ!
警笛と共に、電車が滑り出す。
ゴオオオッ……!
加速が違う。G(重力)が違う。
「うおっ、速え!」
「景色が飛んでるぞ!」
「揺れるけど……まあ、安いからいいか!」
車内では、京急の技術者たちが、ノートパソコン(のような計測器)を広げてニヤニヤしていた。
「……いいデータだ。満員でもサスペンションが底突きしない」
「150キロ出してもコーヒーがこぼれないぞ」
俺は、駅ビルの社長室から、その光景を見下ろしていた。
「……成功だな」
隣にいる不動産部長が頷く。
「ええ。マンションも完売です。鉄道の赤字なんて、不動産の利益で消し飛びましたよ」
「よし。……これで『実験場』は確保した」
俺は、次のステップを見据えた。
実験線で得られた高速走行のノウハウ。
そして、育て上げた技術者たち。
そろそろ、本線へ還元の時だ。
だがその前に、実験線で試しておきたい**「究極の車両」**があった。
2ドア、クロスシート、そして……京急伝統の「ドレミファインバータ」の完成形だ。




