第34話 燃える司令室と、神の目(ITV)
昭和45年(1970年)、冬。
現場への「金・人・食」の投入で、物理的な崩壊は免れた。
だが、京急本社ビルの一角にある**「運輸司令室」**だけは、依然として地獄の釜の蓋が開いていた。
「横浜、30秒遅れ! 快特を通していいか!?」
「ダメだ! 普通車がまだ退避できてない! 信号赤のままだ!」
「品川! ポイント故障か!? 運転主任、現場へ走れ!」
怒号、タバコの煙、鳴り止まない電話のベル。
巨大な黒板の前で、司令員たちがチョークを握りしめ、数分おきに変わる状況を書き殴っている。
130km/h運転と増発により、判断時間は秒単位まで縮まっていた。
その中心で、**首席司令の権藤**が、受話器を両手に持って叫んでいた。
目の下にはどす黒いクマ、声は枯れ果てている。
「……バカ野郎! 勘で回すな! 正確な位置を教えろ!」
権藤が電話を叩き切った直後、ガクッと膝をついた。
「権藤さん!」
部下たちが駆け寄る。過労と心労による限界だ。
そこへ、俺(五代)が入室した。
「……地獄だな」
俺は、昭和のアナログな司令室を見渡した。
情報は電話連絡のみ。電車の位置は駅からの報告頼み。
これでは、130km/hの「赤い彗星」を制御できるはずがない。
「専務……。申し訳ありません……」
権藤がふらつきながら立ち上がろうとする。
「頭が……追いつきません。電車が速すぎて、電話を受けた時にはもう次の駅に……」
「無理もない」
俺は権藤を椅子に座らせた。
「人間の脳みそで処理できるレベルを超えている。
……だから、**『機械』**に手伝わせる」
俺は、後ろに控えていた技術者たちに合図した。
彼らが持ち込んだのは、巨大なパネルと、ブラウン管のモニター群だった。
【第1の革命:CTC(列車集中制御装置)の導入】
「壁の黒板は捨てろ」
俺は、壁一面に設置された**「巨大な表示盤」**のスイッチを入れた。
ブォン……という音と共に、路線図の上に無数のランプが点灯した。
「なんだこれは……?」
「**『CTC表示盤』**だ。
線路の全区間にセンサーを埋め込んだ。
どの電車が、今どこにいるか。ランプの色と点滅で、リアルタイムに分かる」
司令員たちが息を呑んだ。
今まで電話で「今どこだ!?」と怒鳴っていた情報が、一目で分かるのだ。
「これなら……先が読める! 横浜の手前で詰まってるのが見えるぞ!」
【第2の革命:誘導無線(列車無線)の全車搭載】
「次に、これだ」
俺は、司令卓に置かれた新しいマイクを指差した。
「今まで駅を経由して運転士に伝令を出していただろう?
これからは、このマイクで**『直接』**運転士と話せ」
**『誘導無線(IR)』**の導入だ。
司令室から走っている電車へ、ダイレクトに指示を飛ばす。
「スピード落とせ」「回復運転しろ」。
秒単位の指示が可能になる。
【第3の革命:ITV(監視カメラ)と運転主任の解放】
そして、俺は別のモニターを指差した。
そこに映っていたのは、横浜駅のホームだ。
混雑する客、閉まらないドア、そして走り回る運転主任の姿。
「駅の運転主任も限界だ。
ホームの端から端まで走って確認していたら、命がいくつあっても足りない」
俺は言った。
「全駅のホームに**『ITV(工業用テレビカメラ)』**を設置した。
運転主任は、駅の司令室(扱所)に座ったまま、モニターで安全確認ができる」
モニター越しに見える運転主任が、マイクで放送を入れているのが見えた。
『3番ドアのお客様、カバン引いてください!』
走らなくていい。死角もない。
**「神の目」**を手に入れた運転主任は、冷静にホームを支配し始めていた。
* * *
数日後。
司令室の空気は一変していた。
怒号は消え、冷静な指示の声だけが響く。
CTCパネルのランプを見つめる権藤の目は、獲物を狙う鷹のように鋭くなっていた。
「……快特201、30秒遅れ。……回復可能だ。
横浜の出発信号、青に変えろ。普通車は上大岡で退避決定」
早い。
情報が見えているから、迷いがない。
これが、京急が誇る**「逝っとけダイヤ(臨機応変な回復運転)」**の原点となるシステムだった。
「……専務」
休憩に入った権藤が、コーヒーを片手にやってきた。顔色はだいぶ良くなっている。
「すごいですな、この機械は。……まるで将棋盤の上で駒を動かしているようだ」
「機械はあくまで道具だ」
俺は釘を刺した。
「決めるのは人間だぞ、権藤。
機械が『止まれ』と言っても、お前の勘が『行ける』と言えば行かせろ。
……京急のダイヤは、最後は**『度胸』**だ」
権藤はニヤリと笑った。
「承知しました。……機械に使われるつもりはありませんよ。こいつを使い倒して、140キロの化け物を手懐けてみせます」
司令室(脳)と、運転主任(神経)。
これで、京急の全システムが、140km/h仕様にアップデートされた。
現場の悲鳴は消え、代わりに心地よい緊張感と、プロフェッショナルの誇りが戻ってきた。
「……よし。これで本当に後顧の憂いはなくなった」
俺は司令室を出た。
いよいよだ。
全ての準備は整った。
次は、約束の地。
北総の実験線と、そこに投入する**「幻の車両」**の開発だ。
まだ見ぬ「160km/h」の世界へ。
本当何やってるすかね本当に
遅えよ開通...




