第33話 雪国の巨人と、保線区の極上まかない飯
昭和45年(1970年)、冬。
運転士と駅員への応急処置(金と学生)は完了した。
だが、深夜の京急本線には、まだ地獄が残っていた。
午前2時。神奈川新町・保線区。
氷雨が降る中、土門課長と部下たちが、泥まみれになってレール交換をしていた。
「……ハァ、ハァ……。クソッ、60キロレールが重てえ……」
部下の一人が膝をつく。
「課長、もう無理です……。腰が砕けそうです」
土門も限界だった。
最新のマルタイがあっても、細かい調整や資材運びは人力だ。
130km/hの過密ダイヤで痛めつけられた線路は、毎晩悲鳴を上げている。直しても直しても、翌日には削れている。
「……泣き言を言うな! 始発が来ちまうぞ!」
土門が怒鳴るが、その声も枯れていた。
万策尽きた。このままでは、今夜中に作業が終わらない。
その時だ。
ドスッ、ドスッ、ドスッ……
闇の向こうから、地響きのような足音が近づいてきた。
「……なんだ?」
土門たちが手を止める。
投光器の光の中に現れたのは、角刈りで、丸太のような腕をした大男たちの集団だった。
その数、およそ50人。
全員が、京急の作業着ではなく、ドテラや厚手の防寒着を羽織っている。
「……お晩でがす」
先頭に立つ、熊のような男が白い息を吐いた。
「ここが、京浜急行の現場だべか?」
その後ろから、俺(五代)が傘を差して現れた。
「……待たせたな、土門」
「専務……? こいつらは?」
「**『東北・北陸の出稼ぎ部隊』**だ」
俺は紹介した。
冬の東北や北陸は雪に閉ざされる。
農業や土木工事ができなくなった彼らは、冬の間、東京へ「出稼ぎ」に来る。
俺は、彼らの中でも特に腕利きで、真面目な集団を、破格の条件で一本釣りしてきたのだ。
「青森、秋田、新潟……。雪国で鍛えられた足腰は、お前らの比じゃないぞ」
俺は熊のようなリーダー、源さんの肩を叩いた。
「源さん、頼んだぞ。……このヒョロい都会の保線屋たちを助けてやってくれ」
「お安い御用だ。……おい、野郎ども! かかるべ!」
源さんが号令をかけると、男たちは一斉に60キロレールに群がった。
「せーのっ! ヨイショオオオ!!」
信じられない光景だった。
土門たちが4人がかりで運んでいたレールを、彼らは軽々と持ち上げ、正確に枕木の上にセットしていく。
その動きに無駄がない。そして何より、楽しそうだ。
「す、すげえ……」
土門の部下が腰を抜かした。
「重機みたいだ……」
* * *
午前4時。
予定より1時間も早く作業が終わった。
保線区の休憩所。そこには、今まで見たことのないような湯気が立ち込めていた。
「さあ、食ってくれ!」
俺が用意させたのは、巨大な寸胴鍋だ。
中には、三崎から取り寄せた魚介と、地元野菜をふんだんに使った**「特製・京急鍋」**が煮えたぎっている。
「うめえ! なんだこれ!」
「肉がトロトロだべ!」
出稼ぎ部隊も、土門たちも、ハフハフと言いながら丼をかっこんでいる。
作ったのは、みなとみらいのホテルから派遣したシェフだ。
保線区の冷めた弁当しか食ってこなかった彼らにとって、これは五臓六腑に染み渡る御馳走だった。
「……土門」
俺は、呆然と鍋を啜る土門の隣に座った。
「彼らとは、春までの半年契約だ。
その間、お前たちは『監督』に回れ。……力仕事は彼らに任せて、お前らは技術指導と安全管理に専念するんだ」
俺は、封筒を渡した。
中身は、新設した**「保線専用寮」**の鍵と、増員計画書だ。
「彼らのための寮も用意した。風呂も飯も完備だ。
……金ならある。だから、もう体だけで戦おうとするな」
土門は、震える手で封筒を握りしめた。
目の前では、東北弁と標準語が混じり合い、笑い声が起きている。
「へえ、秋田じゃこんな雪降るのかよ」「今度、実家の米送ってやるべ」
殺伐としていた保線区に、温かい血が通い始めた瞬間だった。
「……専務。あんた、本当に……」
土門が目頭を押さえた。
「ありがとな。……これで、生き返ったよ」
「礼を言うのはこっちだ。……さあ、食ったら寝ろ。明日の夜も戦場だぞ」
こうして、京急の保線部隊は、最強の「外国人部隊(東北勢)」と「食」によって救われた。
彼らの加入により、線路のメンテナンス精度は劇的に向上し、140km/h運転の揺れはさらに減ることになる。
運転士、駅員、そして保線。
全現場の止血処置は完了した。
「……よし。これで憂いはなくなった」
俺は、朝焼けの空を見上げた。
現場は守った。
次は、約束の地。
北総の実験線と、そこに投入する**「幻の車両」**の開発だ。
( ᐛ)パァ運輸司令
( ᐛ)パァ運転主任
( ᐛ)パァ電気区
( ᐛ)パァ通信区
( ᐛ)パァ車両区
( ᐛ)パァ土木区
彼らは犠牲となりました。




