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第32話 札束のバリケードと、掟破りのドアカット

 翌日。

 京急本社から、全駅・全乗務員区へ**「緊急特別通達」**が発令された。

 その内容は、現場の度肝を抜くものだった。

 【第1の矢:運転士への『超・高速手当』】

 乗務員区の掲示板に、給与明細の改定が貼り出された。

 130km/h運転を担当する「快特」の乗務員に対し、従来の倍近い**『危険手当』と『特別職務給』**が支給されることになったのだ。

「……おい、マジかよ。給料袋が立ったぞ」

 医務室に行こうとしていたベテラン運転士が、明細を見て震えている。

 さらに、五代は乗務員休憩室を改装し、専属のマッサージ師と、高級仕出し弁当を常備させた。

「お前たちはパイロットだ。……F1レーサー並みの扱いをする」

 金で疲れは取れないかもしれない。だが、金と待遇は「プロのプライド」を支える。

 「俺たちは選ばれたエリートなんだ」という意識が、折れかけた神経を繋ぎ止めた。

 【第2の矢:学生アルバイト部隊『押し屋』の動員】

 横浜駅のホーム。

 ラッシュのピーク時、疲れ切った駅員たちの横に、新品のジャンパーを着た若者たちが大量に現れた。

「本日より配属されました! **『京急学生班』**です!」

 五代は、沿線の大学(横浜国大や神奈川大など)に声をかけ、破格の時給で**「ラッシュ時専門のアルバイト」**を募集したのだ。

 屈強なラグビー部や柔道部の学生たち。

 彼らが「押し屋」として、ドアからはみ出る客を肉体で押し込む。

「おりゃあぁぁ! 閉めますよ!」

「痛え! 押すな!」

「文句言うな! 乗れねえぞ!」

 若さという暴力エネルギーが、駅員たちの負担を物理的に軽減した。

 佐藤助役は、ホームの端で涙ぐんでいた。

「……助かった。これで駅員が客に殴られずに済む……」

 【第3の矢:禁断の『ドアカット』と『全部自由席』】

 そして極め付けが、輸送力の増強策だ。

 ホームを伸ばす工事など間に合わない。

 五代が出した答えは、京急のお家芸となる**「はみ出し停車ドアカット」**だった。

「12両編成で運転する! ホームに入らない後ろの4両は、ドアを開けるな!」

「そんな無茶な! 客が間違えて降りますよ!」

「車掌がマイクで叫べ! 『後ろ4両は開きません!』とな!」

 さらに、特急車両の座席指定クロスシートを、ラッシュ時のみ全廃。

 一部の車両は、ドア付近の座席を撤去して**「立ち席スペース」**に改造した。

「快適さなんて捨てろ! 今は一人でも多く運ぶんだ!」

「詰め込め! 寿司詰め上等だ!」

        * * *

 こうして、京急の現場は「金」と「学生パワー」と「力技」によって、なんとか崩壊を免れた。

 夕方の横浜駅。

 ラッシュを乗り切った佐藤助役が、ヘルメットを脱いで座り込んでいた。

「……専務。なんとか持ちこたえましたよ」

 佐藤が、視察に来た俺(五代)に笑いかけた。

「学生バイトの連中、いい動きしますね。……彼ら、そのまま正社員にできませんかね?」

「ああ。見込みのある奴は、そのまま青田買いするつもりだ」

 俺は頷いた。

 応急処置は成功した。

 運転士は給料袋の重みで正気を取り戻し、駅員は学生たちのおかげで命拾いした。

 ドアカットによる12両運転で、積み残しも減った。

 だが、これはあくまで「ドーピング」だ。

 長く続ければ、また歪みが出る。

 特に、千葉(国鉄)のような「過激派」が入り込んでくれば、学生バイトもオルグ(勧誘)されてしまうかもしれない。

「……佐藤。約束通り、次は『本物のプロ』を連れてくる」

 俺は言った。

「学生やバイトじゃない。……即戦力の鉄道マンだ。

 だが、千葉(国鉄動労)には手を出さん。あそこは火薬庫だ」

「じゃあ、どこから?」

「……北だ」

 俺は北の方角を見た。

「東北、北海道。……真面目で、粘り強くて、国鉄の合理化で職場を追われそうな連中が山ほどいる。

 彼らを、京急という『新天地』へ招待する」

 人財確保編、フェーズ2へ。

 五代は、荒れる千葉を避け、北の大地へスカウトの旅に出る。

 そこで待っているのは、雪とSLと、職を失いかけた朴訥ぼくとつな男たちだった。

( ᐛ )梅屋敷駅に普通12両編成が止まります。

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