第27話 天空の分岐点と、二層式要塞(ダブルデッキ)の秘密
昭和44年(1969年)、秋。
直上高架工事(STRUM工法など)は、困難を極めながらも着実に進んでいた。
だが、技術部には、まだ解決していない「最大の難問」が残されていた。
**『空港線との分岐』**だ。
京急本社・設計室。
技術部長の加賀谷は、ホワイトボードの前で頭を抱えていた。
「……無理です、専務。どう設計しても、平面交差が残ります」
現在の京急蒲田駅は、品川方面からの本線と、羽田空港への支線が分岐する場所だ。
だが、通常の高架駅(1層構造)にすると、**「横浜方面から羽田へ行く電車」が、「品川へ向かう上り本線」**を横切らなければならない。
「これじゃあ、空港行きの電車が出るたびに、本線の上り電車を止めなきゃならない。……ダイヤの癌です」
加賀谷が嘆く。
「140キロ化で本数を増やしたいのに、ここで詰まったら意味がない。……かといって、立体交差にするには土地が狭すぎる」
そう。蒲田の敷地はウナギの寝床のように狭い。
複雑な立体交差を作るスペースなどないのだ。
「……横がダメなら」
俺(五代)は、赤ペンを手に取った。
「縦に使えばいい」
「縦?」
「ああ。……**『二層式』**にする」
俺はホワイトボードに、常識外れの図を描き始めた。
1階:改札・コンコース(地上)
2階:上りホーム(品川方面)
3階:下りホーム(横浜・羽田方面)
駅を3階建てのビルにする。
そして、上り線と下り線を、別の階層に完全に分離してしまうのだ。
「なっ……!?」
加賀谷が絶句した。
「駅を……重ねるんですか!? お重箱みたいに!?」
「そうだ。これなら、横浜方面から来た電車が羽田へ向かう時も、品川行きの電車を邪魔しない。……完全に独立して動ける」
俺は、さらに恐ろしいことを付け加えた。
「しかも、ただ重ねるだけじゃない。……本線と空港線、両方の列車が同時に発着できるように、ホームの長さは**『12両対応』**ではなく、さらに長くする。……切り欠きホーム(待避線)を含めれば、全長数百メートルの巨大ステーションだ」
加賀谷の顔色がサッと引いた。
「……専務。それじゃあ、駅というより……」
「**『要塞』**だ」
俺はニヤリと笑った。
「高さ24メートル。8階建てのビルに相当する巨大な壁が、蒲田の街に出現することになる。……これなら、どんな過密ダイヤでも捌けるぞ」
* * *
数日後。設計図が完成した。
それは、鉄道駅の常識を覆す、威圧的な構造物だった。
『京急蒲田要塞』。
第一京浜(国道)を見下ろすようにそびえ立つ、コンクリートの巨塔。
電車が高い空の上を走り、さらにその上を別の電車が走る。
これを見た建設省の役人は腰を抜かした。
「ご、五代くん! こんな巨大なものを国道の横に作るのか!? ……まるで『万里の長城』じゃないか!」
「必要だから作るんです」
俺は淡々と答えた。
「羽田空港は、これから日本の玄関口になる。……そこへ向かう電車を止めるわけにはいかない。これは、日本の未来のための『城』ですよ」
* * *
だが、設計図はできたが、施工は地獄だった。
ただでさえ「直上高架」で難しいのに、それを「2段重ね」で作らなければならない。
下の電車を走らせながら、2階を作り、さらにその上に3階を作る。
現場監督の土門(保線課長兼任)は、毎日胃薬を噛み砕いていた。
「……クソッ! 上からボルトが落ちてくるぞ! ネット張れ!」
「3階の橋桁、風が強くて揺れる! クレーン止めろ!」
蒲田の空は、鉄骨とクレーンで埋め尽くされ、迷宮のようになっていた。
地元住民は、日々高くなっていく駅を見上げて、畏怖の念を抱いていた。
「……おい、あれ見ろよ。京急の奴ら、空に城でも作る気か?」
そして、ついにその時が来る。
『一夜城作戦』。
完成した高架線路へ、一晩で全ての電車を切り替える、伝説の工事だ。
数千人の作業員が動員される、京急史上最大の一夜。
失敗すれば、翌朝の首都圏の交通は麻痺する。
「……準備はいいか、加賀谷」
俺は、完成間近の3階ホーム(天空)に立っていた。
風が強い。
「ええ。……いつでもいけます。線路は繋がりました」
加賀谷が、真新しい60kgレールを撫でた。
「よし。……Xデーは来週だ。京急の底力、見せてやろう」
次回、蒲田要塞編・完結。
数千人が挑む、一晩限りの「線路切り替え工事」。
その朝、蒲田の踏切から警報音が消える。




