第240話 :泥濘のカルテル 〜黒鋼の狂宴と、要塞の咆哮〜
千葉・成田。
夜明け前。空が鉛色に白み始めた頃、権藤が牛耳る反対派の巨大なプレハブ拠点は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
周囲には深く掘られた無数の塹壕クレーター、幾重にもH鋼をクロスさせて溶接した強固なバリケード、そしてカミソリの刃がついた有刺鉄線が張り巡らされている。
ここは長年、国家権力(機動隊)の突入を幾度となく撥ね退けてきた、【籠城と防衛のプロフェッショナル】たちが築き上げた本物の軍事要塞だった。
「……ん? なんだ、あの地響きは」
見張り台に立っていた権藤の部下が、暗闇の彼方——幕張方面へ続く一本道から迫る、異様な重低音に気づいた。
それは、何台もの大型ディーゼルエンジンが、一切のブレーキを踏まずにリミッターを振り切っている暴力的な咆哮だった。
「……おい! ライトを向けろ!! 何かがもの凄いスピードで突っ込んでくるぞォォッ!!」
見張りの男が絶叫し、巨大なサーチライトが一本道を照らした瞬間。
彼は恐怖で声帯を引きつらせた。
光の矢に射抜かれ、暗闇を引き裂いて現れたのは、警察の放水車でも装甲車でもない。
フロントガラスを分厚い鉄板で完全に塞ぎ、運転席には細いスリットだけ。巨大なH鋼のバンパーを幾重にも溶接し、悪魔のような黒塗りにされた**『5台の装甲ダンプ(マッドマックス)』**だった。
「ヒャハハハハハッ!!! 止まるなァッ!! そのまま突っ込めェェェッ!!!」
先頭のダンプの運転席。
リーダーの若者が、アクセルペダルを床が抜けるほど踏み込みながら、血走った目で絶叫する。
彼らはブレーキという概念すら捨て去っていた。時速100キロを超える圧倒的な【質量】が、権藤の要塞の第一ゲート(鉄扉とH鋼の防壁)へと、ノーガードで突き進む。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
千葉の夜明けを切り裂く、凄まじい轟音。
機動隊の突入すら防ぐはずの分厚い防壁が、装甲ダンプの暴力的な運動エネルギーの前に、飴細工のようにひしゃげ、火花を散らして宙を舞った。
「うわああああッ!?」
第一ゲートが完全に粉砕され、巻き上がった土煙の中から、真っ黒な装甲ダンプの車列が要塞の敷地内へと雪崩れ込んでくる。
「なんだ!? 何事だ!!」
プレハブ小屋の奥で寝ていた権藤のジジイが、パジャマ姿のまま飛び出してきた。その後ろには、持ち逃げした現ナマの入ったバッグを抱え、ガタガタと震える裏切り者の『サブ』の姿がある。
「ご、権藤さん!! 幕張のガキどもです!! あいつら、装甲ダンプなんかで突っ込んできやがった!!」
部下の報告に、権藤は一瞬呆然としたが、すぐに成田の闘争を長年生き抜いてきた「老獪な闘将」の顔へと変わった。
「……たかが素人のガキどもが、舐めた真似してくれやがる……!! 狼狽えるな!! ここは俺たちの城(成田)だ!! 重機を出せ!! ユンボ(油圧ショベル)で迎え撃て!! ガキどものダンプを横転させて、鉄屑ごとすり潰せェェッ!!」
権藤の怒号が響き渡る。
成田の要塞側も、ただの素人ではない。長年の闘争で培われた【現場の暴力】を知り尽くしている。
キュルルルッ、ゴオォォォォォォッ!!!
敷地の奥に隠されていた、巨大なバックホー(油圧ショベル)とブルドーザーのエンジンが一斉に火を噴いた。
熟練のオペレーター(権藤の部下)が操る巨大な鉄の腕が、唸りを上げて持ち上がる。
「来たぞオラァッ!! 潰せェェッ!!」
突進してくる2台目の装甲ダンプの側面に向け、ユンボの巨大なバケット(鉄の爪)が、情け容赦なく振り下ろされた。
ギガァァァァァァァンッ!!!
装甲ダンプの分厚い鉄板がひしゃげ、凄まじい金属音が鳴り響く。
ダンプは片輪を大きく浮かせ、バランスを崩して泥まみれの塹壕へと激しく横転した。
「やったぞ!! ダンプを止めた!!」
権藤の部下たちが歓声を上げる。しかし、彼らはまだ【大義名分】で完全に狂ってしまった猟犬たちの恐ろしさを、本当の意味で理解していなかった。
「……へへッ。止まったか。なら、ここからは『俺たちの時間(ゲリラ戦)』だ!!」
横転したダンプの荷台から。
煤と泥で真っ黒になった数十人の若者たちが、手作りの【火炎瓶】と鉄パイプを両手に握りしめ、ゲラゲラと狂ったように笑いながら、這い出してきたのである。
「俺たちのインフラ(正義)を返せェェェッ!!!」
「テロリストども! 全員ここで燃やし尽くしてやる!!!」
銃という冷たい暴力ではなく、彼ら自身のアイデンティティである『火』。
成田の夜明け前、鉄と鉄が軋み合い、業火が舞い踊る、泥みどろの市街戦ヘビーマシナリー・ウォーの火蓋が、ついに切って落とされた。




