第24話 呪われた第一京浜と、箱根駅伝の悲劇
昭和44年(1969年)、1月。
正月早々、京急本社・社長室には、怒号のような電話が鳴り響いていた。
「……はい、申し訳ありません! すぐに対応いたします!」
広報部長が受話器を握りしめ、青ざめた顔で頭を下げている。
「どうした?」
俺(五代)が尋ねると、部長は震える声で答えた。
「箱根駅伝です……。蒲田の踏切で、ランナーが止められました。……しかも、優勝争いをしている大学が、です」
『京急蒲田の第一京浜踏切』。
それは、日本の交通史における「汚点」とも言える場所だった。
国道15号(第一京浜)と、京急本線・空港線が平面交差するこの場所は、朝夕のラッシュ時には1時間の半分以上が遮断機で閉ざされる**「開かずの踏切」**だ。
しかも悪いことに、正月の箱根駅伝のコースになっている。
本来なら係員が電車を止めてランナーを通すが、ダイヤが乱れたり、連携ミスがあれば、ランナーが足止めを食らう。
全国生中継で「電車待ち」の映像が流れる。京急にとっては公開処刑だ。
「……警察と建設省から呼び出しです。『いつまで国道を塞ぐ気だ』と」
俺はため息をついた。
「行ってくる。……避けては通れない道だ」
* * *
数日後。霞が関、建設省(現・国土交通省)。
道路局長の部屋に通された俺は、分厚いファイルを突きつけられた。
「五代くん。単刀直入に言おう。……邪魔だ」
局長は冷徹に言い放った。
「日本の大動脈である第一京浜を、一私鉄が寸断している。……経済損失は計り知れない。それに、君たちは140キロ運転を計画しているそうじゃないか」
「……耳が早いですね」
「140キロで踏切を通過されたら、遮断時間はさらに伸びる。……絶対に認めんぞ。立体交差(高架化)にするか、さもなくば地下に潜るか。今すぐ決めろ」
選択肢は二つ。高架か、地下か。
だが、どちらも地獄だ。
「局長。地下化は無理です。蒲田の地下には、すでに共同溝や下水道が入り乱れている。それに、多摩川の伏流水もあって工事は難航する」
「なら高架だ。……だが、分かっているな? あそこの用地は狭いぞ」
俺は蒲田駅周辺の航空写真を見た。
線路の両側には、商店街や住宅がびっしりと張り付いている。
高架化のための「仮線(工事中に電車を走らせるための予備線路)」を敷くスペースすら、猫の額ほどもない。
「用地買収には10年はかかるぞ。……その間、国道を塞ぎ続けるつもりか?」
局長が机を叩いた。
「オリンピックも終わって、日本のモータリゼーションは加速している。……来年までに具体的な計画を出せなければ、君たちの140キロ計画、認可は下ろさん」
最後通牒だった。
140km/h化の認可と、蒲田の立体交差はセットだ。
これを解決しなければ、大京急帝国の野望はここで潰える。
* * *
その夜。京急蒲田駅。
俺は、現場の視察に訪れていた。
カンカンカンカン……!
警報機が鳴り止まない。
遮断機の手前には、バス、トラック、タクシーが長蛇の列を作っている。ドライバーたちのイライラが、クラクションとなって響く。
「……酷いな」
俺は呟いた。
その横を、満員の赤い電車が、申し訳なさそうに徐行で通過していく。
技術部長の加賀谷が、図面を見ながら頭を抱えた。
「専務。無理ですよ、これ。……高架橋を作るには、まず今の線路の横に土地を買って、仮の線路を敷いて、電車を移して、その跡地に高架を作って……」
「土地がない」
俺は商店街を見た。
「買収交渉だけで何年かかる? その間、踏切はずっとこのままだ」
「じゃあどうするんです? 空中に浮くわけにもいかないし……」
「……浮くしかないな」
俺は、走り去る電車の上空を見上げた。
「加賀谷。……**『直上高架』**だ」
「は?」
「今の線路の真上に、直接、高架橋を作る」
加賀谷が絶句した。
「ば、馬鹿な! 電車が走ってる真上で工事するんですか!? ボルト一本落としたら大事故ですよ!」
「ああ。……だが、土地を買わずに済む唯一の方法だ」
俺は、踏切待ちの車の列を指差した。
「この渋滞は、日本の損失だ。……10年も待てない。多少のリスクを背負ってでも、最短最速でやるしかない」
俺の脳裏には、未来の京急蒲田駅の姿が浮かんでいた。
あの巨大な要塞。
二層構造の威容。
あれを、昭和のこの時代に、しかも電車を止めずに作り上げる。
「……戦争だ、加賀谷」
俺は襟を立てた。
「国(建設省)とも、渋滞とも、そして……これから始まる『地元住民』との戦いだ」
俺の視線の先には、商店街に貼られた一枚のポスターがあった。
『京急高架化反対! 町の日照権を守れ!』
技術的な難題の前に、まずは政治的な火薬庫が爆発しようとしていた。




