第237話 :泥濘のカルテル 〜正義の値段と、優しい嘘〜
そして、やんちゃな方々が消え、静まり返った幕張の焦土。
血と泥にまみれ、飢えと疲労で頬がこけ、それでも「裏切り者と成田への殺意」だけで爛々と目を輝かせている数十名の『元気な若者たち』の前に、一台の地味な国産セダンが静かに停まった。
車から降りてきたのは、作業着に真っ白なヘルメットを被った、人の良さそうな三十代の男(ダミー会社のフロント社員)だった。
「……ああ、なんてことだ。私の発注した現場が、こんな無残な姿に……ッ!!」
男は現場の惨状を見るなり、その場に崩れ落ちるように膝をつき、頭を抱えてボロボロと「嘘泣き」を始めた。
鉄パイプを握りしめ、警戒を強める若者たち。しかし男は、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、フラフラとリーダーの元へ歩み寄った。
「……君たちだな? この現場で、最後まで戦い抜いてくれた未来ある若者たちは。……聞いたよ。君たちの仲間だった男……『サブ』という男が資金を持ち逃げし、あの『成田』の連中と結託して、この現場を潰したそうじゃないか!」
男はひどく悲痛な声で叫んだ。
「私は発注者として、絶対に看過できない! 奴らはただの反対派じゃない。我々のインフラを、人々のささやかな生活を根底から破壊する『テロリスト』だ!!」
若者たちの顔つきが、スッと変わった。
男の言葉は、ただの「裏切り者への私怨」でしかなかった彼らの殺意に、思いがけない【大義名分(正義)】を与えたのだ。
「……お願いだ。我々には、この国の人々の今ある生活を、未来を守る義務がある。だが、私のようなしがないサラリーマンには、奴らと戦う力がない……!!」
男は車のトランクを開け、ダンプの鍵でも、武器でもなく——ただ、分厚く膨らんだ**【無記名の茶封筒】**だけを取り出した。中には、帯のついた札束がぎっしりと詰まっていた。
彼はその封筒を、リーダーの血まみれの手へ、震える両手で恭しく押し付けた。
「……私にできるのは、この『資金』を渡すことだけだ……。君たちの手で、あの成田の裏切り者どもを排除し、この現場を取り戻してくれないか?」
リーダーの濁りきった目に、狂ったような光が宿った。
自分たちは、仲間に裏切られ、資本家に捨てられた惨めな敗北者ではない。
**『この国の人々の生活を守るために戦う、孤独な正義の執行者』**なのだ。
【正義という名の完璧な言い訳】と、【暴力を形にするための莫大な現金】。
リーダーは、分厚い封筒を鷲掴みにし、血の混じった歯を見せてニィッと笑った。
「……任せな、おっさん。やってやるよ。あの裏切り者のクソ野郎どもを全員ミンチにして……必ず、俺たちの手でこの現場を『再開』させてやるよ……!!」




