第236話 :泥濘のカルテル 〜極道の限界突破と、世界一安全な公営シェルター〜
本日最後です。
千葉・幕張。
親会社からの「トカゲの尻尾切り(破門)」の通達を受けた直後。やんちゃな企業の『代表』は、残された数十人のボロボロの社員たちに向かって、悲痛な叫びを上げた。
「……逃げるぞ!! 車はエンジン音でバレる! 全員、裏のフェンスを乗り越えて走れェェッ!!」
もはや、そこに広域事業を展開する強面集団の面影はなかった。
高級スーツは泥にまみれ、パンチパーマは煤で焦げ、彼らはただ暗闇の中で鉄パイプを引きずる「狂った若者たち」から逃れるためだけに、無我夢中で幕張の廃墟を駆け抜け始めた。
「ヒィィッ! 後ろから足音が!! あいつら、俺たちを『成田へ行くための動くATM』だと思って追ってきやがる!!」
「走れ! 立ち止まったら身ぐるみ剥がされてダンプのバンパーに縛り付けられるぞ!!」
目指すのはただ一つ。彼らがこれまで最も忌み嫌い、避けて生きてきたはずの場所。
【分厚いコンクリートの壁】と【屈強な警備】、そして【絶対に安全な鉄格子】に守られた、究極の公営シェルターである。
***
数十分後。千葉県警・某警察署。
深夜の静まり返った署内のロビーに、突如として異様な集団が雪崩れ込んできた。
「た、頼む!! 俺たちを逮捕してくれェェェッ!!」
当直の警察官たちが呆然とする中、数十人の強面の男たちが、カウンターの前に折り重なるように土下座を始めた。
彼らは自らポケットから違法な刃物やメリケンサックをカウンターに山積みにし、警官のズボンの裾を掴んで泣き叫んだ。
「俺は恐喝をやりました! こいつは傷害です! 全部自白します!!」
「だから早く! 早く手錠をかけて、一番奥の安全な留置場に入れてくれェェェッ!!」
「あの狂ったガキどもが来る前に、俺たちを分厚いコンクリートの中に隔離してくれェェ!! もう夜も眠れねえんだよォォォ!!!」
警察官たちは、顔を見合わせた。
管轄内で幅を利かせていたはずの『やんちゃな企業の代表』が、鼻水を垂らしながら「安全な刑務所に行きたい」と懇願しているのだ。
暴力のプロフェッショナルが、一切の損得勘定を持たない「純粋な狂気」に精神を完全に破壊された瞬間であった。
***
同じ時刻。品川・京急本社の高層階。
県警本部長からの報告を聞き、五代は腹を抱えて大爆笑していた。
「……あーっはっはっはっは!! 傑作だね! 暴力のプロフェッショナルが、素人の狂気に耐えきれず『国家権力(警察)に保護を求める』とは!! いやぁ、実に素晴らしい喜劇を見せてもらったよ!!」
ひとしきり笑った後、五代は目尻の涙を優雅にハンカチで拭い、最高級のイングリッシュ・ティーのカップを手に取った。
その目は、一瞬にして氷のように冷徹なインフラ屋のそれに戻っていた。
「……これで、幕張という『濾過装置』の役目は完全に終わった。不純物(やんちゃな方々)は全て自ら排水溝へと消え去り……あそこには今、純度100%の【本物の狂犬】だけが残されている」
やんちゃな方々が逃げ出し、静まり返った幕張のコンクリート要塞。
そこには、全身血と泥と煤にまみれ、ただ『成田の裏切り者』への殺意だけで爛々と目を輝かせている数十名の若者たちが、暗闇の中で静かに息を潜めていた。
邪魔者は全て消えた。あとは「成田へ向かう理由(言い訳)」と「実弾」を手に入れるだけ。
五代は、千葉方面の夜景を見下ろしながら薄く笑った。
「さあ……いよいよ、あの『優しいお兄さん』を出向かせる時間だ」




