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第234話 :泥濘のカルテル 〜幻覚の夜と、崩壊する企業統治(ガバナンス)〜

千葉・幕張。

親会社の増援投入から、さらに十日が経過した。

結論から言えば、やんちゃな企業の『現場指揮系統』は、完全に死に絶えていた。

「……ヒィッ!? 今、音がした! あそこのコンクリの影だ!!」

深夜のパトロール。懐中電灯を持った『やんちゃな社員』が、風でトタンが鳴っただけの音に悲鳴を上げ、腰を抜かして泥水の中に尻餅をついた。

隣を歩いていた別の社員も、ガタガタと震えながら明後日の方向へ向かって鉄パイプを振り回している。

「来んな! 来るなクソガキども!! 俺はただのアルバイト(下っ端)だ、もう帰らせてくれェェッ!!」

もはや、そこに『広域やんちゃ企業』としての威厳やメンツは欠片もなかった。

連日連夜、一切の法則性なく仕掛けられるゲリラ奇襲。寝返りを打つたびに投げ込まれる火炎瓶。奪われ続ける物資。

そして何より恐ろしいのは、彼らが相手にしているのが「人間」ではなく「痛みを感じないバケモノ(猟犬)」であるという事実だった。

プレハブの仮設事務所では、さらに深刻な【企業崩壊】が起きていた。

パーンッ!! パーンッ!!

「死ねェッ!! 成田だか幕張だか知らねえが、全部撃ち殺してやる!! 死ねェェッ!!」

現場責任者(若頭)が、白目を剥きながら、事務所の壁のシミに向かって猟銃を乱射していた。完全に幻覚を見ている。

数日まともに眠っていない彼の精神は、極度のストレスと恐怖で完全に焼き切れていた。

「よせ! 撃つな! バカ野郎、弾の無駄だ!!」

代表(組長)が慌てて銃身を抑え込むが、代表の携帯には、さっきから『親会社の役員(本家の幹部)』からの着信が鳴り止まなかった。

「……代表。親会社がブチギレてます。応援に出した社員が何十人も病院送りになり、高級車が何台もオシャカになった。『たかが素人のガキ数十人に、どれだけ赤字を垂れ流す気だ。お前の会社はどうなってんだ』と……」

側近の震える報告に、代表は胃液を吐き出した。

撤退すれば、親会社からの信用を失い、業界(裏社会)から破門される。

戦い続ければ、現場の社員たちがノイローゼで次々と夜逃げし、会社が物理的に消滅する。

完全に『サンクコスト(埋没費用)の罠』に陥っていた。

メンツのために突っ込んだ莫大なコストが、彼らを幕張という泥沼の底に縛り付け、身動きをとれなくさせているのだ。

***

一方、その泥沼の主である若者たちは。

奪った真っ黒なベンツの陰で、ヤンキー座りをしながら、黙々と奪った猟銃の手入れをしていた。

彼らの顔には、疲労も、恐怖も、そして『やんちゃな方々』への関心すらなかった。

「……おい。今日の戦利品、弾が足りねえぞ。あのクズども、もっと弾持ってねえのか」

「使えねえ連中だ。あの資本家の犬どもからもっと車と武器を引っこ抜かねえと、成田のバリケードは崩せねえ……。明日も、あいつらの事務所に火ぃ点けて狩りに行くぞ」

「……成田……サブ……権藤……ミンチにしてやる……」

彼らにとって、やんちゃな方々はもはや「敵」ですらなかった。

ただの【成田へ行くための補給物資(動くルートボックス)】。

獲物が狩られる側と狩る側が、完全に逆転した瞬間だった。

***

同じ時刻。品川・京急本社の高層階。

「……素晴らしい。これぞ『組織の硬直化』がもたらす完璧な自滅だね」

防犯カメラからの映像と、やんちゃ企業の崩壊のレポートを読みながら、五代は深夜にも関わらず、最高級の紅茶を優雅に啜っていた。

「やんちゃな企業は、親会社の『メンツ』という名の足枷のせいで、致命的な損切り(撤退)ができない。彼らはただ、狂犬たちが成田へ向かうための『武器庫』として、その身を最後まで削り取られる運命にある」

成田が無表情に相槌を打つ。

「現場のノイローゼは限界です。あと数日もすれば、彼らの理性のタガは完全に外れ、『非常手段』に出るでしょう」

「ええ。極道という社会の『規格外』が、本物の狂気という『規格外』に耐えきれなくなった時……彼らが最後にすがるのは、皮肉なことに『法と秩序ルール』なのさ」

五代は、千葉方面の闇を見つめながら、薄く、冷たく微笑んだ。

「さあ、泥沼の幕張市街戦もいよいよ大詰めだ。……極道の心が完全にへし折れる音を、特等席で聞かせてもらおうか」

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