第230話 :泥濘のカルテル 〜幻想の正義と、火中の栗〜
AIが暴走を始めました、
千葉・幕張。
数日前に「元気な若者たち」によって焼き討ちされ、黒焦げになったミキサー車の残骸が転がる湾岸の待機所。
彼らはドラム缶の火を囲み、手に入れたばかりの勝利に酔いしれていた。
「へっ、権藤のジジイのトラック15台、派手に燃やしてやったぜ! これで幕張は完全に俺たちのモンだ!」
「オレ達の正義は揺るがない、次はどこを襲撃してやろうか!」
彼らの狂気は、すでにイデオロギーを離れ、純粋な暴力の快楽へと完全にシフトしていた。
「……おう、元気な若者たち。ずいぶんと威勢がいいじゃねえか」
パァァァンッ!! と、突然眩いサーチライトが待機所を照らし出す。
その逆光の中から現れたのは、パンチパーマに派手な柄シャツを着た、見るからに本職の**『やんちゃな方々』**数十名だった。
「な、なんだテメェらは!?」
若者たちが鉄パイプを構える中、やんちゃな方々の若頭が、分厚い請求書をヒラヒラと振ってみせた。
「権藤センセイから、お前らの『教育的指導(業務委託)』を頼まれてな。……それにしても派手に燃やしてくれたなぁ? トラック15台の全焼と、休業損害。しめて【2億円】の借金だ。……どうやって払ってくれんだ?」
若者たちのリーダーは鼻で笑った。
「知るかよ! お前らが権藤のジジイの仲間だと知って、ここから無事に逃げられると思うなよ。俺たちには無尽蔵の軍資金と正義があるんだ! 2億だろうが何だろうが、オレ達の正義の前には無意味だ。……おい、サブ! あの『秘密兵器(強力な非殺傷武器)』を持ってこい!」
リーダーは、金庫番を任せていた副リーダーの男を呼んだ。
しかし——待てど暮らせど、サブは現れない。
代わりに、アジトの見張りをしていた下っ端が、顔面を蒼白にして駆け込んできた。
「あ、アニキ……! サ、サブさんがいません!! 俺たちの軍資金(数千万の現ナマ)が入ったジュラルミンケースごと……車で姿を消しました!!」
「……は?」
リーダーの顔から、スッと表情が抜け落ちた。
「おまけに……机の上に、こんな置き手紙が……!」
下っ端が震える手で差し出した紙には、サブの汚い字でこう書かれていた。
『お前らみたいな狂った連中とはもうやってられない。この軍資金は、俺が【成田】で真の闘争を続けるために有効活用させてもらう』
「……ッ!! あ、あの野郎ォォォッ!! 俺たちのカネをッ!!」
静まり返る待機所に、やんちゃな若頭の、腹の底からの下品な嘲笑が響き渡った。
「ギャハハハハッ!! 傑作だなぁおい!! 仲間だと思ってた金庫番に、全財産持ち逃げされたのかよ!!」
若頭は、呆然とするリーダーに笑顔で凄んだ。
「……で? 2億円、どうやって払うんだ? お前ら、一文無しなんだろ? カネがねえなら、お前らのその『元気な体』で働いて返してもらうしかねえなぁ。ウチのダミー会社が請け負ってる【最高にハードな整地作業(物理的な地上げ業務)】を、借金がチャラになるまで、毎日その狂った頭でこなしてもらうぜェ?」
若頭がリーダーの肩に手を置こうとした、次の瞬間だった。
「……殺してやる」
ドゴォォォォンッ!!!
鈍い音が響き、やんちゃな若頭の体が吹き飛んだ。
リーダーの拳が、本職であるヤクザの若頭の顔面を、血が滲むほど強く殴りつけていたのだ。
ヤクザの理屈(借金)など、彼らには微塵も通用しなかった。
「やんちゃな野郎だろうが何だろうがやってやる……! その代わり、あのカネを持ち逃げしたサブと、アイツを匿ってる成田の連中だけは……絶対に俺たちの手で八つ裂きにしてやる……!!」
血走った目で咆哮する極左の若者たちと、顔面を血に染め激怒する極道の集団。
幕張の夜に、利益も計算も存在しない、ただの「暴力と暴力の潰し合い」の火蓋が切って落とされた。
***
同じ時刻。品川・京急本社の高層階。
五代は、最高級のイングリッシュ・ティーを啜りながら、デスクの上の報告書に目を通していた。
「……五代専務。計算通り、若者たちの副リーダーが資金を持ち逃げし、成田の権藤の元へ合流した模様です。残された若者たちは、やんちゃな方々を潰し合い、復讐心で完全に発狂しています」
成田の無機質な報告に、五代は満足げに微笑んだ。
「素晴らしい。彼らのような狂犬に『首輪(思想)』など必要ない。幻想の正義【言い訳】と、裏切り者への【殺意】……この二つさえあれば、彼らは自ら進んで地獄の底まで走ってくれる」
五代は、幕張の地図から、成田の地図へと静かに視線を移した。
窓の下では、数百万の人々が暮らす東京の夜景が宝石のように輝いている。
「さあ、ここから正義と正義との戦いだ。……ここで手を加えると火傷する」
五代は、冷え切った目で紅茶のカップを置いた。
「幕張の火中の栗を拾うのは、思想に焼かれた者達にやってもらおうか」
大英帝国の分割統治は、ここに極まった。
インフラ屋は一切の火の粉を被ることなく、千葉の荒野に、果てしない泥沼の戦争だけが残されたのである。




