第23話 鉄路の反乱(後編)〜黒い怪物と黄金のレール〜
翌日の夜。
再び、神奈川新町の保線区。
空気は昨日以上に険悪だった。土門たちは、辞表をまとめて机に置いていた。
そこへ、俺(五代)が入っていった。
だが、今回は手ぶらではない。
後ろに、巨大なプロジェクター(映写機)を抱えた部下たちを従えていた。
「……まだ何か用か、専務」
土門が睨む。「辞表ならそこだ」
「辞表は受け取らない。……その代わり、これを見ろ」
俺は壁に映写機を向け、スライドを投影した。
そこに映し出されたのは、日本の鉄道マンが見たこともない、**黄色くて巨大な「怪物」**だった。
「なんだ、これは……?」
作業員たちがざわつく。
「オーストリア、プラッサー&トイラー社製。最新鋭の**『大型マルチプルタイタンパー(08系)』**だ」
俺は説明を始めた。
「お前たちが今使っている国産の小型マルタイとは訳が違う。
自動でレールを持ち上げ、ミリ単位で歪みを検知し、バラストを突き固める。
作業速度は今の5倍。精度は10倍だ」
土門の目が釘付けになった。
プロなら分かる。その機械の化け物じみた性能が。
「これを……買うのか?」
「もう発注した。3台だ。空輸で持ってくる」
俺は次のスライドに変えた。
「そして、これだ」
映し出されたのは、分厚く、巨大なレールの断面図。
「**『60kgレール』**だ」
会場が静まり返った。
「新幹線でしか使われていない、化け物レールだ。……これを、京急本線の全線に敷く」
「バカな……!」
土門が叫んだ。
「60キロレールだと!? メートル単価がいくらすると思ってる!
それに、そんな重いレール、人力じゃ運べねえぞ!」
「だから、あの『怪物(大型マルタイ)』を使うんだ。
さらに、枕木は腐る木製を廃止し、全て**『PC枕木』**に変える。
分岐器も、ノーズ可動式の超重装備に変える」
俺は、土門の前に歩み寄った。
「土門。お前が言った通りだ。
今の装備じゃ、140キロは無理だ。現場が死ぬ。
だから、**『死ななくて済む装備』**を揃えた」
俺は、彼らの辞表をゴミ箱に放り込んだ。
「60kgレールとPC枕木なら、140キロで走ってもビクともしない。
狂いは出ない。
メンテナンスの頻度は半分以下になる。
……これなら、部下を過労死させずに済むだろう?」
土門は、震える手でスライドを見つめていた。
それは、全ての保線屋が夢見る「理想の線路」だった。
だが、コストが高すぎて、国鉄ですら在来線には導入を渋る代物だ。
「……金は?」
「みなとみらいが稼いだ。……数百億かかるが、お前たちの命には代えられない」
俺は、クーラーボックスから、よく冷えた**「金色のラベルの栄養ドリンク」**を取り出し、土門に放り投げた。
「どうだ。……この『最強の武器』を使って、日本一の線路を作ってみないか?」
土門はドリンクを受け取り、栓を抜いた。
そして、一気に飲み干すと、ニヤリと笑った。
「……上等だ」
土門が振り返り、部下たちに怒鳴った。
「野郎ども! 聞いたか!
専務が『新幹線よりいい線路を作れ』だとよ!
オーストリアの怪物でも何でも使いこなして、意地を見せてやれ!」
「おう!!!」
作業員たちの歓声が上がった。
それは、絶望の叫びではなく、挑戦者の雄叫びだった。
「専務、言っておくがな」
土門が俺の肩を叩いた。
「60キロレールの交換作業は地獄だぞ。……覚悟しとけよ」
「望むところだ。……頼んだぞ、現場監督」
こうして、京急の保線部隊は、世界最強の装備を手に入れた。
翌週から、京急の深夜は戦場と化した。
巨大なマルタイが唸りを上げ、輝く60kgレールが敷設されていく。
それは、単なる工事ではない。
140km/hという「神の領域」へ挑むための、大地との格闘だった。




