第229話 :疑心暗鬼と血の総括(腐りゆく赤い城)
千葉・幕張。旧国鉄労働組合・本部。
昨夜の若手たちによるミキサー車襲撃の報を受け、本部の空気は凍りついていた。
「……若造どもめ。我々『主流派』に逆らうことがどういう意味か、その身に刻み込んでやる」
権藤は、太い葉巻を噛みちぎるように吐き捨てた。
すぐさま、報復部隊として屈強な組合員数十名が、鉄パイプと木刀を持って若手たちのアジト(地下倉庫)へと向かった。
しかし——数時間後、報復部隊は【半死半生の血まみれの姿】で本部に逃げ帰ってきたのだ。
「ぐ、組合長……ッ! 奴ら、ただの鉄パイプじゃありません! 軍用のスタンガンに、催涙スプレー、さらには最新の防刃チョッキまで着込んでいて……! まるでプロの傭兵部隊です!!」
「なんだと……!?」
権藤の顔が歪む。
ただの下っ端の集まりだった若手たちが、一晩でそこまでの重武装を揃えられるはずがない。
五代(京急)の資金援助があったことは明白だが、権藤の脳裏に【ある恐ろしい疑念】がよぎった。
(……待てよ。京急の若造(五代)が、いくらカネを持っていようと、ウチの末端の若手たちと直接コンタクトを取れるはずがない。……『パイプ役』がいるはずだ。ウチの内部に、京急からカネをもらって、若手たちを扇動している【裏切り者(幹部)】が……!)
その瞬間、権藤の目に映る「長年苦楽を共にしてきた幹部たち」の顔が、すべて「五代の犬(裏切り者)」に見え始めた。
***
数日後。本部の地下室。
そこには、権藤の右腕として長年組織を支えてきたはずのベテラン幹部が、椅子に縛り付けられ、顔面を腫れ上がらせていた。
「ご、権藤さん! 誤解です! 俺は京急からカネなんて一円も……ッ!」
「黙れッ!!」
ゴスッ!!!
権藤自らが振るった鉄パイプが、幹部の腹に重く沈む。
権藤の机の上には、ある日『差出人不明』で本部に郵送されてきた「裏帳簿のコピー」が置かれていた。そこには、この幹部の口座に不自然な大金が振り込まれた記録が印字されていたのだ。
「この期に及んでシラを切るか! 貴様が若造どもに武器を横流しし、俺の座を狙っていることは分かっているんだ! さあ、総括(自白)しろ!!」
「ち、違います! その帳簿は偽造だ! 誰かの罠です!! ぐあぁぁぁッ!!」
終わらない拷問。悲痛な叫び声が、かつて「労働者の連帯」を謳った赤い城の地下に空しく響き渡る。
権藤はもう、狂っていた。
五代が仕掛けた『たった一枚の偽造帳簿(毒)』によって、権藤は自らの組織の最も優秀な手足(幹部)を、次々と「総括」と称して血祭りに上げていったのだ。
***
同じ頃。品川・京急本社。
「……権藤の主流派は、完全に疑心暗鬼に陥っています。若手たちとの抗争そっちのけで、幹部同士の『裏切り者探し』に血道を上げ、毎日誰かが病院送りになっていますよ」
成田が、冷淡な声で報告する。
五代は、美しい手つきでチェスの駒を一つ弾き飛ばした。
「想定通りだ。強固なイデオロギーで結ばれた組織ほど、『身内の裏切り』という幻影に弱い。……権藤は今、私が送った『偽の裏帳簿』という毒を致死量まで飲み込み、自らの手で自分の組織を解体してくれている」
五代は、チェス盤の王将を指先で弄んだ。
「大英帝国がインドを支配した時と同じだよ、成田くん。直接手を下す必要はない。相手の陣地に『疑念』と『ほんの少しのカネ』を落としてやるだけで、彼らは勝手に内ゲバを始め、自滅していく」
幕張の覇者であった権藤の主流派は、外部からの攻撃ではなく、内部の猜疑心という癌細胞によって急速に腐り落ちようとしていた。
「さあ、権藤くん。君の周りにはもう誰もいない。……あの飢えた若き狂犬たちが、君の寝首を掻きにいくのも、時間の問題だね」
悪魔の微笑みと共に、五代はキングの駒をゆっくりと盤面から押し落とした。




