第228話 :狂犬の産声と、ひび割れた赤い城(幕張・湾岸戦争開幕)
千葉・幕張。
広大な埋立地の片隅に停められた、数十台の生コンクリートミキサー車とダンプカー。
これらはすべて、旧国鉄労働組合の中ボス・権藤が、千葉のインフラ工事を人質にとるための「赤い城(物理的な暴力装置)」だった。
深夜2時。
見張りの組合員がタバコに火をつけようとした、その時だった。
ガシャンッッッ!!!
けたたましいガラスの割れる音と共に、闇夜から飛来した数本の火炎瓶が、ミキサー車のタイヤと運転席を瞬く間に火だるまに変えた。
「な、なんだ!? 敵襲か!! 機動隊か!!?」
見張りが叫ぶが、闇の中から現れたのは警察ではなかった。
新品の鉄パイプを両手に握りしめ、目を血走らせた【若き組合員(はぐれ者)たち】数十名だった。
彼らの足元には、五代から渡された軍資金で買った、大量のガソリン携行缶が転がっている。
「……権藤の犬ども。毎日毎日、偉そうに『連帯』だの『耐えろ』だの説教垂れやがって」
若手たちのリーダー格の男が、歪んだ笑みを浮かべて鉄パイプをアスファルトに擦り付けた。
そのポケットからは、分厚い一万円札の束がはみ出している。
「権藤が銀座でドンペリ飲んでる間、俺たちはカビの生えたパン齧ってたんだよ。……今日からこの幕張の生コン利権は、俺たち『真の労働者』がいただくぜ!!」
「やっちまえェェェッ!!!」
雄叫びと共に、若手たちがミキサー車に群がり、次々とフロントガラスを叩き割り、エンジンルームにガソリンを流し込んでいく。
見張りの組合員たちが止めに入ろうとするが、札束と暴力の味(毒)を知って完全にタガが外れた狂犬たちの前では、圧倒的な暴力の前に次々とアスファルトに沈んでいった。
***
翌朝。
労働組合の本部。権藤は、叩きつけられた報告書を見て、葉巻を落としそうになった。
「……なんだと? 幕張の待機所が襲撃され、ミキサー車が15台完全に破壊されただと!? 京急(五代)のヤクザの仕業か!!?」
「ち、違います組合長! 襲撃してきたのは……ウチの若手たちです! 奴ら、どこから手に入れたのか最新のトランシーバーと大量の現ナマを持っていて……『権藤の腐った体制をぶっ壊す』と!!」
権藤の顔面から血の気が引いた。
「身内(下っ端)」の反乱。それも、ただの不満ではなく、明らかに【強大な資本(外部からの武器とカネ)】に裏打ちされた、計画的なクーデターだった。
「馬鹿な……奴らにそんな金があるはずがない……」
権藤の脳裏に、数日前に「落とし物ですよ」と笑って現れた五代の、あの底冷えするような笑顔がフラッシュバックする。
外部からの圧力(警察や裁判)には無敵を誇った赤い城が、足元の「カネと嫉妬」という最もくだらない欲望によって、音を立ててひび割れ始めていた。
***
同じ時刻。
品川・京急本社。五代の専務室。
「……五代専務。昨晩、幕張で権藤のミキサー車部隊が襲撃されました。実行犯は、例の若手たちです」
成田が、一切の感情を交えずに報告書を読み上げる。
五代は、窓越しに見える東京湾を眺めながら、優雅にイングリッシュ・ティーのカップを傾けた。
「素晴らしい。やはり『飢えた若者』にカネと大義名分を与えれば、最高の爆弾になる。……権藤も、機動隊が相手なら喜んで戦うだろうが、自分たちが顎で使っていた若造どもに背後から噛まれるのは、想定外だろうね」
五代は、テーブルの上に広げられた幕張の地図の、権藤の陣地に「赤いバツ印」を書き込んだ。
「さあ、ここからが本番(泥沼)だ。権藤は必ず、面子にかけて若手たちを凄惨な『総括』で鎮圧しようとする。若手たちも、私のカネがある限り徹底抗戦する。……せいぜい、千葉の海風が血の匂いに染まるまで、くだらない殺し合いを続けてもらいましょうか」
五代のティーカップに、歪んだ幕張の青空が反射していた。
大英帝国が仕掛けた、終わらない代理戦争(湾岸戦争)の火蓋が、ついに切って落とされた。




