第226話 :国鉄の亡霊と、赤き労働貴族の宣戦布告
千葉市内。
外観は寂れた雑居ビルだが、その内部は巨大な要塞のように改造された【旧国鉄・過激派労働組合】の千葉本部。
紫煙が立ち込める薄暗い会議室の奥で、かつて日本中の鉄道をストライキで麻痺させた「赤き労働貴族」の首領・権藤は、報告書を鼻で笑って放り投げた。
「……京成の若造が、末端の活動家どもを兵糧攻めにしているだと? 勝手にさせておけ。あんな連中、我々が配っている小遣い(闘争資金)に群がる羽虫にすぎん」
権藤は、特注の革張りソファに深く沈み込み、安いピースに火をつけた。
「問題は、幕張(湾岸)を嗅ぎ回っている京急の『赤いヤクザ(五代)』だ。……我々が国鉄時代から手塩にかけて育ててきた、幕張の広大な貨物線予定地(利権の温床)に、ぽっと出の私鉄風情がシノギをかけに来ている」
権藤の背後には、何十億という使途不明の組合費と、息のかかった政治家や土建屋のリストが山積みにされている。
彼らは「労働者の権利」や「環境保護」を建前にして、国鉄の莫大な予算に寄生し、千葉の交通インフラ利権を裏から支配し続けてきた【最強のダニ(亡霊)】だった。
「組合長。京急の五代という男、ダミー会社を使ってBブロックの地権者を次々と『合法的に』借金漬けにし、土地を巻き上げています。このままでは……」
「……浅知恵だな。そんなチンピラの地上げ、我々の『組織力』の前では赤子の遊びだ」
権藤は、灰皿にタバコを押し付けると、ドス黒い笑みを浮かべた。
「あの『優しいお兄さん』とやらに、国鉄の亡霊(プロの嫌がらせ)というものを教えてやろう。……千葉のすべての『赤(息のかかった土建屋と組合)』に号令をかけろ。幕張のインフラを、完全に『麻痺』させる」
***
翌日。品川、京浜急行電鉄本社——専務室。
いつものように優雅に最高級のブランデーを傾けていた五代の耳に、かつてないほどの『絶望的な報告』が飛び込んできた。
「ご、五代専務ッ!! 異常事態です!!」
黒スーツの部下が、血相を変えて執務室に転がり込んでくる。
「騒々しいね。例のBブロックのオヤジは、泣いて土地の権利書を差し出してきたかい?」
「そ、それが……!! 突然、千葉県内のすべての『生コン業者』と『基礎工事会社』が、我々(ダミー会社)との取引を【全面ボイコット】してきました!!」
「……何?」
五代のグラスを持つ手が、ピタリと止まった。
「それだけではありません! 我々が買収しようとしていた土地の周辺一帯で、突如として『巨大な労働組合』が【大規模なストライキと座り込み】を開始! 道路は完全に封鎖され、千葉県警も『巨大な労働問題(政治マター)』として介入を拒否しています!」
部下の悲痛な報告に、五代はゆっくりとグラスをデスクに置いた。
自分が仕掛けた「息子の借金を買い集める」程度の陰湿な地上げなど、完全に無に帰すほどの圧倒的な暴力。
それは、個人の地権者を相手にした戦いではなく、【千葉のインフラそのものを人質に取る】という、国家規模のテロリズムだった。
「……さらに! その労働組合の弁護団から、我々のダミー会社に対して『不当な土地買収に対する環境保護の仮処分申請』が裁判所に提出されました! このままでは、幕張の工事は数年単位でストップしますッ!」
カネでも、ヤクザの脅しでも、警察の権力でもどうにもならない。
『労働者の正義』という無敵の盾と、国鉄時代から培われた『圧倒的な組織力』を兼ね備えた、本物のバケモノ。
「……なるほど」
五代は、自らの完璧な計画が「得体の知れない赤い亡霊」によって木っ端微塵に粉砕された事実を前に、低く、しかし歓喜に震えるような声で笑った。
「千葉の泥沼には、まだこんな『極上のダニ』が眠っていたというわけか……! 素晴らしい。これだからインフラ屋はやめられないッ!」
冷暖房の効いた品川の社長室から、五代の目が「本物の修羅」へと変わる。
京急(私鉄のヤクザ)と、国鉄の亡霊(赤き労働貴族)。
日本インフラ史のタブーに踏み込む、血も凍るような【本当の陣取り合戦】が、今ここに幕を開けたのである。




