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第224話 :救出された首役と、孤高の英雄

京成電鉄本社、特別取締役会。

重苦しい静寂が支配する円卓の最奥に、包帯姿の社長が座っていた。

「……社長。まずはご無事の生還、何よりと存じます」

静まり返った室内で、筆頭株主の意向を受けた役員が、氷のように冷たい声で口を開いた。

「しかし……今回の前代未聞のテロ事件。世間やマスコミは、我が社の『ガバナンスの欠如』と『不透明な資金の流れ(裏帳簿)』を激しく糾弾しております。さらに……」

役員は、円卓の隅で俯く若き技術者・成田を横目で睨みつけた。

「社長を救出するためとはいえ……我が社の心臓である『次世代車両スカイライナーの極秘データ』が、あろうことかライバルである京浜急行の手に渡ったという事実は、断じて看過できるものではありません」

成田は唇から血が滲むほど強く噛み締めた。

反論はできない。社長の命を救うためとはいえ、インフラ屋として絶対にやってはいけない「技術の売り渡し(裏切り)」を働いたのは自分なのだから。

「……誰かが、このすべての混乱の『責任』を負わねばなりません。会社を存続させるために」

役員の言葉に、社長は静かに目を閉じ、そして深く頷いた。

「分かっている。……すべての責任は、トップである私にある」

「社長ッ!!」

成田がたまらず立ち上がり、叫んだ。

「おかしいでしょう! 社長は被害者です! 保守派のジジイどもが招いた泥沼のせいで拉致されたのに、なぜ社長が全責任を負ってクビを切られなければならないんですかッ!!」

「……成田。座れ」

社長の低く、しかし絶対的な命令が、成田の言葉を遮った。

「俺の心臓が止まっても、電車は止めるな。……そう言ったはずだ」

社長は、かつてないほど穏やかな顔で成田を見た。

「会社という巨大なインフラを動かし続けるためには、時に汚れた血をすべて抜き取り、新しい血を入れ替えなければならない。俺は、そのための『スケープゴート』になるだけだ。……お前は、残って新しいレールを引け。どんなに泥まみれになってもな」

それが、かつて事なかれ主義だった男が最後に見せた、インフラトップとしての凄絶な覚悟(トカゲの尻尾切り)だった。

***

数日後。

社長が辞任し、保守派も解体された京成本社は、表面上の平穏を取り戻していた。

しかし、成田を取り巻く環境は、以前とは決定的に違っていた。

「……おい、成田だぞ」

「ああ……あの、京急の赤いヤクザと直接繋がってるっていう……」

「社長を助けたのは凄いけど……自社の機密を二度も売り飛ばした劇薬だ。関わらない方がいい……」

成田が廊下を歩くたび、すれ違う社員たちは目を逸らし、遠巻きにヒソヒソと囁き合う。

成田は、テロリストからトップを救い出した『文句なしの英雄』である。会社も表立って彼を罰することはできない。

だが、同時に彼は、目的のためなら悪魔(五代)とでも手を結び、会社の魂すら売り渡す『最も危険な裏切り者』として、全員から畏怖される存在となってしまったのだ。

「……これでいい」

成田は、誰もいなくなった屋上で、一人冷たい風に吹かれながら千葉の鉄路を見下ろした。

誰も近づいてこない。頼れる上司もいない。

圧倒的な孤独。しかし、その瞳の奥には、どんな泥沼でも生き抜いてやるという、黒く濁った執念の炎が静かに燃えていた。

彼は【孤高の英雄】として、たった一人で成田の泥沼を歩き続ける覚悟を決めたのだ。

***

同じ頃。品川、京浜急行電鉄本社——専務室。

「……いやぁ、実に美しく、そして悲しい友情劇でしたねぇ」

五代は、最高級のエスプレッソを傾けながら、デスクの上に広げられた『スカイライナーの極秘データ』と、『千葉県警の敗北宣言(千葉県警本部長からの感謝状)』を眺め、恍惚とした笑みを浮かべていた。

自分は安全な品川から指一本動かすことなく、京成の内部抗争を自滅させ、厄介なテロリストを掃除し……そして何よりも、【次世代の絶対的アイドル車両(新2100系)】の完璧な骨格と、警察組織という名の【新しい猟犬(首輪)】まで手に入れたのだ。

「インフラとは、かくも愛に満ちた素晴らしいビジネスだ」

五代は、誰の血もついていない綺麗な手で、遠く千葉の空に向かってグラスを掲げた。

「さあ、京成(友)よ。君たちの血と涙で、我が社はさらなる高み(最速)へと加速させてもらうよ」

悪魔の高笑いが、品川の空に虚しく響き渡る。

泥沼の勝者は、ただ一人。赤いヤクザだけだった。


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