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第221話 :悪魔の契約と、恐怖のキメラ(新2100系)の礎

品川、京浜急行電鉄本社。

最上階の専務室に、重苦しい沈黙が落ちていた。

「……お願いです。五代専務の……いえ、京急さんの力で、社長を助け出してください」

高級なペルシャ絨毯の上で、若き技術者・成田は深く頭を下げていた。

警察(千葉県警)は得体の知れない過激派の影に怯えて動かない。会社は機能不全。社長の命の砂時計は、今この瞬間にも落ち続けている。

もはや、圧倒的な暴力と情報網を持つこの「赤いヤクザ」にすがるしかなかった。

革張りのチェアに深く腰掛けた五代は、エスプレッソのカップをゆっくりと置き、酷薄な笑みを浮かべた。

「……成田くん。君は何か勘違いをしていないか?」

五代の声は、どこまでも冷たく、そして甘かった。

「我々はインフラ企業だ。正義の味方でも、慈善事業のボランティアでもない。他社のトップの命を救うために、なぜ私が自社のリソース(カネと暴力)を使い、可愛い部下たちを千葉の泥沼へ放り込まねばならない? ……お前は俺に、何を差し出せる?」

成田は唇を噛み締めた。正論だった。

資本主義の化身であるこの男が、無償で動くわけがない。血を流させるには、それ以上の「血(対価)」を差し出すしかないのだ。

「……分かっています」

成田は、震える手で鞄の中から分厚いファイルの束と、厳重にロックされたデータテープを取り出した。

それをテーブルの上に置く手が、あまりの罪悪感にガタガタと震えている。

「おや。それは?」

「……『スカイライナー』および、北総線での高速度試験の極秘データです」

成田の口から絞り出されたその言葉に、五代の目の色が、獲物を見つけた蛇のようにスッと細められた。

「我が京成が血と汗の結晶として組み上げた初代AE形、そして北総線の直線区間における『時速160キロ運転』を見据えた、高速走行時の台車挙動、空力特性、モーターの限界駆動に関するすべての実測データです」

五代はゆっくりと立ち上がり、テーブルの上のファイルを愛おしそうに撫でた。

その脳内では、凄まじい速度で「インフラの未来図」が組み上げられていく。

(……素晴らしい。喉から手が出るほど欲しかった『中長距離ランナーの足』だ)

我が京浜急行は、駅間距離の短い過密ダイヤを極限の加減速で走り抜ける【圧倒的な短距離スプリンター】である。しかし、これから五代が手に入れようとしている「りんかい線」や「幕張」という広大な湾岸インフラ網を支配するには、スプリンターの性能だけでは足りない。

海風を切り裂き、長い駅間を160km/hのトップスピードで安定して巡航し続ける【中長距離ランナー】としての技術が、どうしても必要だったのだ。

京急の異常な加速力スプリンターに、京成の160km/h巡航安定性ランナーを融合させる。

それが完成した時、関東の鉄路には、他社の追随を絶対に許さない**『鉄道史に残る、恐るべきキメラ車両』**が誕生する。

五代は、自らの野望が完璧なピースで埋まった喜びに打ち震えながら、反吐が出るほど優しい、マリア様のような笑顔を成田に向けた。

「君の『インフラへの愛』、しかと受け取った。安心したまえ、成田くん。私は友のピンチを見捨てるような薄情者ではない」

五代が内線電話のボタンを押す。

「……あぁ、私だ。千葉の泥沼に、ちょっとした『掃除』に行く。……ああ、そうだ。ウチの若い衆だけじゃない。——『大蔵省』の桜田先生にお繋ぎしろ」

受話器を置いた五代は、絶望に顔を歪める成田の肩を、ポンと叩いた。

「さあ、良き隣人として、君の社長を迎えに行こうじゃないか」

成田は、自らが取り返しのつかないパンドラの箱を開けてしまったことを悟り、ただ目を閉じることしかできなかった。

(※この日、成田が血を吐く思いで差し出した『中長距離の160km/h巡航データ』が、後に五代の手によって京急の変態的な加速性能と悪魔合体させられ、歴史に燦然と輝く名車【新2100系】等の圧倒的な礎となったことは、日本の鉄道史における『最もドス黒いタブー』として、今も深く隠蔽されている——)

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