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第219話 :密室の魔女狩り

京成電鉄本社、保守派閥の拠点となっている大広間。

つい先ほどまで「成田の若造のクビが飛ぶ」と祝勝ムードに包まれていたその部屋の空気は、ドンの帰還とともに、文字通り凍りついた。

「……常務? いかがなさいました。ひどく顔色が……」

側近の一人が声をかけるが、ドンは答えない。

虚ろな目でふらふらと部屋の奥へ歩みを進めると、重厚な革張りのソファにどさりと崩れ落ちた。その額には脂汗がべったりと張り付き、ネクタイは無惨に緩んでいる。

「……全員、外へ出ろ。お前たち三人だけ残れ」

ドンは、自らが最も信頼する「腹心の側近三人」だけを残し、他の部下たちを部屋から追い出した。

重い扉が閉まり、完全な密室ができあがる。

次の瞬間、ドンはソファから弾かれたように立ち上がり、血走った目で三人の側近をねっとりと睨みつけた。

「……お前らの中に、俺を売った『犬』がいるなぁ?」

地を這うような低く、ひび割れた声だった。

三人の側近は顔を見合わせ、引きつった笑いを浮かべた。

「常務、突然何を……犬とは、どういう意味ですか?」

ドンは懐から、社長室で突きつけられた『裏帳簿のコピー』を震える手で取り出し、テーブルの上に叩きつけた。

「シラを切るなッ!! この帳簿だ! このカネの流れを知っているのは、俺とお前たち三人だけだ! あの赤坂の料亭の『奥の院』、女将も仲居も絶対に入れないあの完璧な密室でしか、この帳簿は広げなかったはずだ!!」

ドンの首筋に青筋が浮かび上がり、口の端から泡が飛ぶ。

「外部の人間には絶対に盗めない! 透視能力でもない限り不可能だ! ……ということはだ。俺が酒を飲んで目を離した一瞬の隙に、お前たちの中の誰かが、小型カメラか何かでこれを接写し、古き友人に……いや、あの社長に売り渡したんだろうがァァッ!!!」

「ば、馬鹿な! 我々が常務を裏切るわけがありません!」

「そうです! 何かの罠です! 私を疑うのですか!?」

必死に弁明する側近たち。彼らは本当に何もしていない。完全な無実だ。

しかし、五代が『料亭ごと裏から買収して、天井裏にカメラを仕掛けていた』などという、インフラ屋の財力と暴力を結集した物理ハッキングの存在など、温室育ちのドンに想像できるはずもなかった。

「……罠だと? じゃあ、どうやってこれが漏れたか説明してみろ! 幽霊がやったとでも言うのかッ!!」

ドンは近くにあった灰皿を掴み、側近の一人に向かって全力で投げつけた。

ガシャアンッ! という鈍い音とともに、側近の額から血が噴き出す。

「常務! やめてください!」

「うるさいッ! 吐け! 誰が俺を売った! お前か!? それともお前かァッ!?」

誰も裏切っていないのに、「絶対に漏れないはずの密室」という状況証拠だけが、内部犯の存在を完璧に証明してしまっている。

疑心暗鬼という名の猛毒。

ドンは完全に理性を失い、これまで自分の手足となって働いてきた優秀な部下たちを、次々と左遷し、軟禁し、徹底的な尋問(粛清)にかけ始めた。

五代が指一本触れることもなく、京成の保守派閥は、見えないスパイの恐怖に怯え、互いに牙を剥き出しにして内側から凄惨な自滅を遂げていくのであった。

***

一方、その血みどろの内ゲバから遠く離れた、静まり返った社長室。

「……終わりましたね」

窓の外を見つめながら、若き技術者・成田が静かに呟いた。

円卓の査問会でのタコ殴りから解放された彼は、今、社長と並んで立っていた。

「ああ。保守派のジジイどもは、今頃自分たちの影に怯えて共食いを始めているだろう」

社長は、万年筆を指先で回しながら、冷たい目でそう言った。

「五代という男……あれは人間の皮を被った底無しのバケモノだ。敵に回せば一瞬で会社ごと食い殺されるが、味方につければ、これほど恐ろしく頼もしい狂犬もいない」

社長はゆっくりと立ち上がり、成田に向き直った。その目には、これまで長年保身のために見せてきた「事なかれ主義」の光はない。あるのは、インフラ屋としての血生臭い覚悟だった。

「成田。今日この瞬間をもって、我が社から成田のダニ(過激派と総会屋)どもへ流れる『みかじめ料』の蛇口は完全に粉砕する。……奴らのATMは閉鎖した」

成田は背筋を伸ばし、深く頷いた。

「はい。奴らが文句を言ってきたら、こう伝えます。『お前らの時代は終わった』……と」

資金源を絶たれ、さらに自分たちの利権(幕張)を「外部のヤクザ」に奪われたと知った時、成田の闇に潜む過激派や総会屋ネットワークがどう動くか。

間違いなく、血を洗うような暴走を始めるだろう。

しかし、もう後戻りはできない。

京成は過去の呪縛を断ち切り、五代という最悪の劇薬と共に、底なしの【成田闘争の泥沼(ゲリラ戦)】へと、自ら足を踏み入れたのである。


一番恐ろしいのは、敵がいないことです。

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