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第218話 :社長室のギロチン

特別ゲストが登場か?

京成電鉄本社、最上階。

重厚な絨毯が敷かれた社長室の扉を、保守派のドンは自信に満ちた足取りでノックした。

「社長、よろしいでしょうか。成田の件でご報告が」

広々とした執務机の奥で、白髪交じりの社長が静かに万年筆を置いた。

「……入れ」

ドンは恭しく一礼して入室すると、あらかじめ用意していた『完璧な嘘』を、まるで憂国の士のような顔を作ってすらすらと並べ立てた。

「お耳に入れている通り、あの若造は我が社の資産である幕張の海図を、あろうことか京急の赤いヤクザ(五代)に売り渡そうとしました。さらに恐ろしいことに、ヤミ組織と裏で手を結び、我が社の誇るスカイライナーを再び火の海にしようと企んでいた形跡すらあります……!」

ドンは小さくため息をつき、悲痛な表情を作ってみせた。

「もはや温情をかける余地はありません。私が責任をもって厳しく追及し、即刻処分を下す所存です。……社長、ご決裁を」

ドンは内心で舌舐めずりをした。これで成田は完全に終わりだ。目障りな改革派は一掃され、幕張の利権も、会社の実権もすべて我が派閥のものになる。

しかし、社長はドンの熱弁を聞き終えても、表情一つ変えなかった。

ただ静かに引き出しを開け、数枚のコピー用紙を取り出すと、それを机の上に滑らせた。

「……ところで君。これは、何かな?」

「は? これ、は……」

ドンが何気なくその紙に目を落とした瞬間。

彼の心臓は、文字通りドクンと嫌な音を立てて跳ね上がった。顔面から一瞬にして血の気が引き、喉の奥がカラカラに干からびる。

そこに印字されていたのは、毎月、成田の過激派や総会屋へ流している『みかじめ料』の送金リスト。

ドンと、最も信頼する三人の側近しか知らないはずの【裏帳簿】そのものだった。

「な、な……っ!?」

ドンは言葉を失い、後ずさった。

(馬鹿な! この帳簿は、あの赤坂の料亭の『奥の院』でしか絶対に広げないはずだ! なぜ、社長がこれを持っている!? どこから漏れた!?)

パニックに陥り、金魚のように口をパクパクさせるドンに対し、社長は万年筆を弄りながら冷たく、しかし「慈悲深く」告げた。

「ある古くからの友人が、親切にも『マスコミや特捜部の手に渡る前』に、私のもとへ届けてくれてね。……もしこんなものがお天道様の下に晒されたら、我が京成はどうなるだろうな?」

その低く静かな声が、ドンの首に冷たい鉄の首輪としてガシャンと嵌まった。

完全に理解した。自分は社長の掌の上で踊らされていただけのピエロであり、今この瞬間、生殺与奪の権を完全に握られた「犬」になったのだと。

逆らえば、この帳簿は即座に警察へ渡り、自分は塀の中だ。

「……そ、その……ご友人には……」

ドンは脂汗をダラダラと流し、ガタガタと震える膝を必死に抑えつけながら、深く、深く頭を下げた。

「……感謝、しきれません……っ」

牙を抜かれた哀れな小物は、逃げるように社長室を後にした。その後ろ姿には、先ほどの威勢の良さは欠片も残っていなかった。

***


同じ頃。品川、京浜急行電鉄本社——社長室。

「…………オェッ」

京急社長は、込み上げてくる胃酸を必死に飲み込みながら、震える手で最も強い胃薬を三錠まとめて口に放り込み、水で無理やり流し込んだ。

ここ数日、まともな食事が喉を通らない。胃壁が溶けるような激痛の理由はただ一つ。

数日前、自社の専務である五代が、あの『裏帳簿のコピー(京成を吹き飛ばす爆弾)』をこの部屋へ持ってきた時の、**「鼓膜を破りたくなるほどウソくさく、反吐が出る芝居」**が、フラッシュバックして離れないのだ。

『——社長。真の友情とは、時に血を流すほどの痛みを伴うものですなぁ……』

五代は、これ見よがしに高級なハンカチで目頭を押さえながら、さも「友を思う聖者」のような悲痛な声で語り出した。

『私は見つけてしまったのです。あの偉大なる京成電鉄さんの青く美しい身体を蝕む、醜いガン細胞(保守派のジジイども)を。……ああ、可哀想に! 彼らは成田の泥沼で迷子になり、悪人どもにカネを巻き上げられ続ける哀れな仔羊です! 私は、彼らがインフラ屋としての誇りを失っていく姿に、夜も眠れず、血の涙を流しました!』

(……老舗の料亭を裏から買収して、天井裏に盗撮カメラを仕掛けた外道が、どの口で仔羊だの血の涙だのほざきやがる……ッ!!)

京急社長は胃を押さえながら内心で絶叫したが、五代の「サイコパス劇場」は止まらない。

五代は、ドス黒い裏帳簿の束をまるで『神聖な教典』のように両手で掲げ、恍惚とした表情で天を仰いだ。

『これは脅迫状ではありません! 救済です! 愛のラブレターです!!

私は自腹を切って、彼らを正しい道へ戻すための「道しるべ」を作って差し上げたのです。

ですから社長! どうかこのラブレターを、社長の「古き友人」として、あちらの社長様へこっそりとお渡しいただけませんか?』

五代は机に身を乗り出し、目をキラキラと輝かせながら、反吐が出るほど甘ったるい声で囁いた。

『そして、こうお伝えください。

「君の会社のガン細胞は、僕が愛をもって見つけておいた。さあ、君自身の手で切除したまえ。僕たちの美しい友情と、インフラの輝かしい未来のために!」……と!!』

『ああ……ッ! なんて美しいインフラ屋同士の絆……! 想像しただけで、私、感動で涙が止まりませんッ!!(号泣のフリ)』

「…………悪魔め」

品川の空を見つめながら、京急社長は胃薬の空き瓶を握り潰さんばかりの力で握りしめた。

自分の手を一切汚さず、他人の会社の派閥抗争に爆弾を投げ込み、しかもそれを「社長同士の美しい友情と、愛のボランティア」という気持ち悪いオブラートで幾重にも包んで強要してくる。

狂っている。この男は、資本主義が産み落とした本物のバケモノだ。

「……五代の言う通り、今頃あちら(京成)の社長室では、美しい『友情のガン細胞切除ギロチン』が行われている頃だろうな……オェッ」

京急社長は再び込み上げてきた吐き気を堪えながら、デスクに突っ伏した。

ウソくさい愛と涙で首を絞め上げる、悪魔のインフラ屋。

成田の泥沼の戦争は、この男の「反吐が出るほどの善人ヅラ」とともに、いよいよ最悪のフェーズへと突入しようとしていた。

私が社長です。

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