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第215話: 国鉄の亡霊と、静かなるご立腹

千葉県・海浜幕張。

東京湾から吹き付ける潮風が、広大な空き地に打ち捨てられた赤茶けた鉄筋と、ひび割れたコンクリートの基礎を撫でていく。

それは、かつて「国鉄の亡霊たち(JR東日本の保守派上層部)」が社運を賭けてぶち上げた、夢の『幕張新都心計画』の無残な墓標だった。

ゼネコンとの癒着、どんぶり勘定の極みとも言える甘い需要予測、そしてバブル崩壊の余波。あらゆる悪条件が重なり、JR主導のこの巨大プロジェクトは、天文学的な大赤字を垂れ流した末に完全に頓挫ショートしたのだ。

資金繰りに窮し、首が回らなくなったJRの役員たちは、ついにプライドを捨てて外資系巨大ファンドに泣きついた。

ファンド側は莫大な救済資金を出す「絶対条件」として、冷徹な若き再建請負人(処刑人)を、幕張の全権力者として送り込んだ。

それが、イタリア製の最高級スーツに身を包んだ男——ジョウカだった。

「……信じられない。あなた方(JR)は、このヘドロの土地に数百億を突っ込んで、ただの『鉄くずの山』を築き上げたというのか」

仮設タワーの最上階。チリ一つない完璧なオフィスで、ジョウカは眼下に広がる惨状を見下ろしながら、冷酷に言い放った。

背後で平身低頭するJRの役員たちを一瞥すらせず、ジョウカは自らのファンドの頭脳をフル回転させた。

数ヶ月に及ぶ地質調査、経済予測、そして都市工学の粋を集め、国鉄のバカが散らかしたこの街を「世界最高のビジネス特区」として生まれ変わらせるための『完全再建マスタープラン』。

その【最適解】が、ついに完成したのだ。

「……完璧だ。これ以上の答えは、この地球上のどこを探しても存在しない」

明日、これを大蔵省とゼネコンの連中にプレゼンすれば、幕張はジョウカの描く美しい摩天楼へと変貌する。

彼が自らの完璧な仕事に冷たい満足感を覚えた、その時だった。

血相を変えた秘書が、ノックもそこそこに執務室へ飛び込んできた。

「ジョウカさん! た、たった今、大蔵省と千葉の地元代議士、それに『京急電鉄』の五代専務という男が、合同で緊急記者会見を……!! これを!!」

秘書が震える手で差し出したFAXの束。

それを受け取ったジョウカの端正な顔から、スッと表情が消えた。

会見資料のトップに踊る『海浜幕張・新都市開発計画の決定について』という文字。

そしてそこに描かれていた図面は……ジョウカがたった今完成させたばかりの「最適解」と、インフラの骨格から道路の配置に至るまで、完全に一致していた。

ただ一つ違うのは、その最適解のど真ん中に、京急の1435ミリ(標準軌)のレールが暴力的にねじ込まれ、周囲を「巨大なショッピングモールとスタジアム(大衆の消費箱)」で囲い込んでいることだった。

「ジョウカさん、これは……! 奴ら、我々のサーバーから計画のデータを盗み出したに違いありません! すぐに警察に……!」

「……黙りなさい」

ジョウカの声は、氷のように冷たく、そして静かだった。

彼はFAXの束をめくり、隅に押された小さな印影と日付を指差した。

「データを盗まれたのではない。……ここを見ろ。大蔵省の決裁印、そして一番時間のかかるはずの環境アセスメントの認可日付だ」

秘書が息を呑む。そこに記されていた日付は——**『三週間前』**だった。

「奴ら(五代)は、私が数ヶ月かけて行った地盤調査を、何らかの『過去の遺産データ』を使ってゼロ秒でスキップした。……だから、私がこの『最適解』の計算を終えるよりずっと前に、自力で同じ答えにたどり着き、無能な地元政治家のハンコをもらい、法的な手続きをすべて終わらせていたのだ」

三週間前には、すでにすべてが終わっていた。

五代というヤクザは、とっくの昔に「勝ち」を確定させていたのだ。

……ならばなぜ、今の今まで黙っていたのか。

ジョウカは、自分のデスクに置かれた「明日のプレゼン用のファイル」と、五代の会見資料を交互に見つめた。

そして、すべてを理解した。

「……あの男は、私に『お前は遅すぎた』と思い知らせるためだけに、私がプレゼンを行う前日の今日まで、あえて発表を遅らせたというのか」

怒鳴り声は上げない。机を叩くこともない。

ただ、エリートとして負けを知らずに生きてきたジョウカの瞳の奥で、どす黒い冷戦の炎が静かに燃え上がった。

純粋な速度。純粋な知略。

言い訳の仕様がない、完全なるタイムアタックの敗北。

ジョウカは手元の万年筆を静かにへし折り、誰にともなく、低く呟いた。

「——舐めやがって」

それは、ジョウカという完璧な機械が、初めて見せた「人間としての剥き出しの殺意」だった。

「……秘書。明日のプレゼンは中止だ。プランBに移行する。京急が強奪した区画の周囲、残りの土地を当ファンドで今夜中にすべて買い占めろ。用途指定は『グローバル・ビジネス特区』だ」

ジョウカは、血の滲む手で五代の図面を冷酷になぞった。

「五代専務が造るという、醜悪で巨大な大衆の箱。その四方を、超一流の金融機関と外資系ホテルの超高層ビル群で完全に囲い込め。……あのヤクザの赤い弾丸を、私が造る『完璧に無菌な摩天楼の檻』の中に、永遠に閉じ込めて差し上げる」

かくして海浜幕張の地で、銃弾を一発も使わない、インフラと資本による最も残酷な冷戦の幕が上がったのだった。

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