第21話 動く歩道の革命と、見えない信号機(C-ATS)
今日は10話投稿します。
昭和43年(1968年)、冬。
横浜ランドマークタワーの開業から一ヶ月。
人の流れは予想を遥かに超えていた。
だが、それは新たな「渋滞」を生んでいた。
桜木町駅および、ランドマーク地下駅。
改札を出た群衆が、ビルへ向かう通路で詰まっている。
当時はまだ、スムーズな歩行者動線が確立されていなかったのだ。
「……専務。クレームです。『駅からビルまでが遠い』『雨の日に濡れる』と……」
営業部長が頭を抱えている。
俺(五代)は、現場の混乱を見下ろした。
確かに遠い。桜木町駅からランドマークまでは数百メートルある。
地下駅からも、エスカレーターの容量が足りていない。
「……歩かせるな」
俺は言った。
「人間を運ぶのは電車だけじゃない。……駅とビルを繋ぐ血管が必要だ」
「血管? 地下通路ですか?」
「いや。もっと未来的で、楽しいやつだ」
俺は一枚のスケッチを描いた。
『動く歩道』。
そして、ビル同士を空中で繋ぐ**『ペデストリアンデッキ(空中回廊)』**だ。
「桜木町からランドマークまで、屋根付きの『動く歩道』を通す。……これなら雨にも濡れず、景色を楽しみながら移動できる。未来都市の入り口に相応しいアトラクションだ」
「金がかかりますよ……」
「出せ。みなとみらいの価値を上げるための必要経費だ」
* * *
一方で、地下では別の戦いが進行していた。
**横浜市営地下鉄**との接続協議だ。
市役所の担当者は、頑固だった。
「京急さん。地下鉄の駅と、ランドマークの地下街を直結? ……前例がありませんな。管理区分が複雑になりますし、防災上の壁も……」
「壁なら壊しましょう」
俺は強引に迫った。
「客にとって、京急も市営地下鉄も関係ない。……乗り換え改札を無くし、同じフロアで移動できるようにする。これが『ターミナル』のあるべき姿だ」
俺は、未来の横浜駅や新宿駅の「迷宮」を知っている。
あんな不便なつぎはぎ構造にはさせない。
最初から「統合された地下都市」として設計するのだ。
「……分かりました。市長も『みなとみらいを成功させろ』と言っていますし……協力しましょう」
こうして、地上には「動く歩道」、地下には「シームレスな接続通路」が建設されることになった。
これで、みなとみらいへのアクセス問題は解決だ。
* * *
だが、俺の本丸はそこではない。
京急本社・技術研究所。
俺は、技術部長の加賀谷と、信号担当のエンジニアたちを集めていた。
ホワイトボードには**【 140km/h 化計画 】**の文字。
「……専務。無茶です」
信号課長が、悲痛な声を上げた。
「140キロで走るとなると、制動距離(ブレーキ距離)は600メートルを超えます。今の『色灯式信号機(赤・黄・青)』では、霧が出たり、運転士が見落としたりしたら即・追突です」
当時の信号システム(ATS-B型など)は、「赤信号の直前で警報が鳴る」程度の単純なものだった。
高速運転には全く対応していない。
「人間の目に頼るな」
俺は言った。
「140キロの世界では、人間はミスをする。……だから、機械にブレーキをかけさせる」
俺は、未来の技術資料(五代メモ)を叩きつけた。
『C-ATS(デジタル伝送・連続制御式ATS)』
「線路に電流を流し、デジタル信号で『あと何メートルで止まれるか』という情報を常に車両へ送り続ける。……もし速度オーバーしたら、自動的にブレーキがかかるシステムだ」
エンジニアたちがざわめいた。
「デ、デジタル信号!? コンピュータ制御ですか? そんなもの、国鉄の新幹線(ATC)くらいしか……」
「新幹線のATCよりも、さらに高度なものを作る」
俺は断言した。
「新幹線のATCは『段階的』だ。210キロ→160キロ→70キロ……と、階段状に落ちる。だが、それじゃあ過密ダイヤに対応できない」
「俺たちが作るのは、もっと滑らかな制御だ。前の電車が動けば、それに合わせてブレーキパターンもリアルタイムで変化する。……名付けて**『移動閉塞もどき』**だ」
加賀谷が眼鏡を外して、レンズを拭いた。
「……専務。あんた、どこの未来から来たんですか? そんな発想、今の鉄道工学にはありませんよ」
「思いついたんだから仕方ないだろう。……どうだ、やれるか?」
加賀谷は、技術屋の顔に戻ってニヤリと笑った。
「……面白ぇ。やりましょう。国鉄の技術屋連中が腰を抜かすような、世界最強の信号システムを」
「よし。予算は青天井だ」
俺は立ち上がった。
「みなとみらいの地下開発と並行して、全車両へのC-ATS搭載工事を進める。……期限は2年だ」
この日、京急の運命を決める二つのプロジェクトが動き出した。
一つは、街を快適にする**「動く歩道」。
もう一つは、安全に暴走(爆走)するための「見えない手(C-ATS)」**。
140km/hへの道は、まず「止まる技術」から始まったのだ。




