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第207話 :西の関ヶ原(7) 狂気の号令、あるいはシマの否定

埼玉県・所沢。西武鉄道本社ビル、最上階の大会議室。

バンッ!!! と、分厚い一枚の巨大な地図が長机に叩きつけられた。

「見ろ!! ついに我が西武鉄道は、あの忌まわしい『東口の北外れ』という僻地から脱却する!! 新宿西口……いや、『新都心・新宿』のド真ん中へ、巨大な地下連絡線で直結するぞ!!!」

西武のドンは、赤坂の料亭から持ち帰った【東京都庁・新宿移転計画】の極秘図面を前に、興奮で顔を紅潮させていた。

集められた西武の開発幹部や現場の叩き上げたちは、図面に引かれた「西武新宿駅から西口への赤い延長線」を見て、どよめきを隠せなかった。

「しゃ、社長! それは本当ですか!? 国鉄や地下鉄の壁に阻まれ、長年どうしても通せなかったあのルートが……!」

「そうだ! 東京都の肝煎りプロジェクトだ! 小田急のドンも直々に『西口への乗り入れを容認する』と確約した! 我々の数十年来の悲願が、ついに叶うんだ!!」

歓声が上がるかに見えた。

しかし、現場で長年「新宿の客」を見てきた営業本部長が、図面の隅に書かれた【付帯条件】の文字を見つけ、スッと血の気を引かせた。

「……社長。この条件欄にある、『歌舞伎町および西武新宿駅周辺エリアの、再開発に伴う徹底的な浄化(クリーン化)』とは、一体……?」

ドンは、いかにも些細なことだというように鼻で笑った。

「文字通りの意味だ。西口には巨大な都庁舎が建ち、エリート官僚や大企業の重役たちが闊歩する『無菌状態の美しい官庁街』ができる。その栄えある新都心に直結する路線が、薄汚いネオン街や、得体の知れない雑居ビルに囲まれていてどうする?」

ドンは地図上の『歌舞伎町』エリアを、太い指でギュッと押し潰した。

「重機を入れろ。警察権力と結託し、駅周辺のいかがわしい店、古臭い飲み屋街、得体の知れない路地裏を、一つ残らず物理的に叩き潰せ。……すべてを平地に還し、白いタイル張りの健全で美しい『西武・新広場』を造り上げるんだ!!」

その言葉に、営業本部長は思わず立ち上がった。

「お、お待ちください!! それは……ウチの『命綱』を断ち切る行為です!!」

「なんだと?」

「西武新宿駅の強みは、あの『カオスな熱気』に直結していることです! ギャンブル、酒、夜の街……人間の生々しい欲望の坩堝るつぼである歌舞伎町に一番近い駅だからこそ、毎日あれだけの客がウチの電車に乗ってカネを落としに来るんです!! 街を綺麗に漂白してしまったら、ウチのアイデンティティはどうなるんですか!!」

現場組からの悲痛な叫び。それは、インフラ企業として街の生態系を熟知しているからこその、当然の危機感だった。

しかし、都庁直結という「幻のニンジン」に完全に目が眩んだドンには、その声はただの『負け犬の遠吠え』にしか聞こえなかった。

「……三流の考え方だな」

ドンは冷酷な目で、本部長を見下ろした。

「いつまでも、そんな泥臭いチンピラや酔っ払いの小銭を拾っているから、我々は西口の連中(小田急・京王)に『盲腸線の田舎電車』と見下されるんだ! いいか! これからは西口のエリートたちを、真新しい広場で迎え入れる! 歌舞伎町の泥水など、我々の新しいプライドには1ミリも必要ない!!」

「しゃ、社長……ッ!!」

「逆らう者はクビだ。……全予算を『浄化作戦』に突っ込め。西武のシマから、汚い匂いを完全に消し去るんだ!!」

絶対的な権力者からの狂気の号令。

西武の現場組は絶望に顔を覆い、ドンの背後に見えない『死神の影』を見た。

数日後。

西武新宿駅の周辺に、東京都の腕章をつけた役人と、多数の警察官、そして西武資本の巨大なブルドーザーの群れが、地鳴りを立てて押し寄せていた。

自らの手で、自らの心臓(熱気)を抉り出す、美しくも愚かな「殺菌フェーズ」が、ついに火蓋を切ったのである。

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>盲腸線の田舎電車 西武拝島線利用者の私にクリティカルヒット!
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