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第18話 ハマのドンと、共存共栄のショッピングモール

 昭和43年(1968年)、春。

 横浜ランドマークタワーの建設は最終段階に入っていた。

 外資系企業の入居が決まり、ホテルの内装工事も進んでいる。

 残るピースは、低層棟に入る**「ショッピングモール(商業施設)」**だ。

 ここに百貨店やブランドショップを誘致し、人の流れを作る。それが五代の計画だった。

 だが、その計画に「待った」をかける男たちがいた。

 横浜・伊勢佐木町いせざきちょう

 当時の横浜最大の繁華街であり、老舗デパートや商店が軒を連ねる「ハマの中心」だ。

 その商店街組合の事務所に、俺(五代)は呼び出されていた。

「……五代さん。あんた、横浜を殺す気か?」

 ドスの利いた声で睨みつけてきたのは、商店街連合会の会長、**権田ごんだ**だ。

 横浜の商業界を牛耳る「ハマのドン」の一人である。

「海沿いの埋立地に、バカでかいデパートを作るらしいな。……そんなことされたら、ウチらの客が全部そっちへ流れる。伊勢佐木町も元町も、干上がっちまうぞ」

 権田の周りには、各商店街の理事たちが殺気立って座っている。

 彼らにとって、みなとみらい計画は「黒船」であり「侵略者」だった。

「反対運動を起こすぞ。……市議会にも顔が利く。建設差し止めだってできるんだぞ」

 脅しではない。彼らにはその政治力がある。

 ここで彼らを敵に回せば、みなとみらいは孤立し、地元住民から愛されない「よそ者の街」になってしまう。

「……権田会長」

 俺は、お茶を一口飲んでから口を開いた。

「勘違いしないでください。我々は、あなた方の客を奪うつもりはない」

「何だと? 綺麗事を言うな!」

「事実です。……我々が狙っているのは、**『東京へ買い物に行っている客』**です」

 俺は一枚のデータを広げた。

 横浜市民の消費動向調査だ。

 高級ブランドや流行の服を買うために、多くの横浜市民がわざわざ電車に乗って、銀座や新宿へ出かけている現実が数字で示されていた。

「横浜の金が、東京に流出している。……これが一番の問題でしょう?」

 俺は権田の目を見た。

「私が作りたいのは、東京へ行かなくても済む街です。……そして、その客を、みなとみらいだけで囲い込むつもりもありません」

「……どういう意味だ?」

「**『回遊かいゆう』**ですよ」

 俺は、横浜の地図の上に、赤い線を引いた。

「みなとみらいと、伊勢佐木町、そして元町。……この3つのエリアを、**『新型の連接バス(連節バス)』と『シーバス(海上交通)』**で繋ぎます」

 五代の提案はこうだ。

 ランドマークタワーに来た客を、そのままバスで伊勢佐木町の老舗へ、あるいは船で元町のチャーミングセールへ誘導する。

 そのための交通インフラ(無料シャトルなど)は、全て京急が負担する。

「ランドマークは『入り口』に過ぎません。……あそこで最新のブランドを見た客が、その足で伊勢佐木町へ行き、老舗の牛鍋を食う。元町で家具を見る。……横浜全体を一つの巨大なテーマパークにするんです」

 権田が腕を組んだ。

「……東京の客を取り戻す、か」

「ええ。喧嘩している場合じゃない。……敵は銀座であり、新宿です。オール横浜で戦わなければ、この街はただのベッドタウンに成り下がりますよ」

 長い沈黙が流れた。

 権田は、俺が持ってきたバスのルート図をじっと見つめていた。

 そこには、京急だけでなく、市営バスや地元のタクシー会社も巻き込んだ、緻密な輸送ネットワークが描かれていた。

「……五代さん。あんた、鉄道屋だな」

「はい?」

「商売人なら『独り占め』を考える。だが、鉄道屋は『繋ぐ』ことを考える。……そういうことか」

 権田の表情が緩んだ。

「いいだろう。……そのバス、ウチらの店の前にも停まるようにしろよ。停留所の名前はデカく書け」

「もちろんです。『伊勢佐木モール前』、特大の看板を出しましょう」

        * * *

 交渉成立。

 これで、地元商店街は「敵」から「味方」に変わった。

 ランドマークタワーの低層階には、海外ブランドだけでなく、横浜の老舗のアンテナショップも入ることになった。

 建設現場。

 俺は、技術部長の加賀谷と共に、仕上がりつつある商業棟を見ていた。

 

「……専務。商店街のジジイたちを説き伏せたそうですね」

 加賀谷が呆れたように笑う。

「シャトルバスの運行経費だけで年間数億円ですよ。……高い手土産だ」

「安いもんさ」

 俺は、向こうに見える伊勢佐木町の灯りを見た。

「街っていうのは、ビルだけじゃ完成しない。……歴史と新しさが混ざり合って、初めて文化になる。彼らの協力がなきゃ、ここはただの『コンクリートの塊』だ」

「違いない。……さて、中身ソフトは揃いました。あとは外側ハードの仕上げです」

 加賀谷が空を見上げた。

 夏が近づいている。

 だが、その空の色が、妙に淀んでいた。

「……専務。気象庁の予報を見ましたか?」

「ああ。……台風か」

「今年は当たり年らしいですよ。……特に今度来るやつは、観測史上最大級だとか」

 昭和43年、台風○号。

 開業を目前に控えたみなとみらいを、自然の猛威が襲おうとしていた。

 これは、天が五代に与えた最後の試練。

 最新鋭のビルは、果たして嵐に耐えられるのか。

 それとも、三崎のドームのように……?

「……準備しろ、加賀谷。全現場、厳戒態勢だ」

「了解。……京急の防壁、見せてやりましょう」

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