第149話 『開門:表の顔(ロイヤル・ゲート)と、動く密室』
昭和54年、春。
箱根山頂の『ハコネ・スカイ・ヴィレッジ』。地下深部で政界のドンが相鉄との「黒い密約」にサインしていた頃、山頂の地上部では、もう一つの「VIPの到着」が華々しく行われていた。
バタバタバタバタッ!!
青空を引き裂くようなローター音と共に、山頂の『専用ヘリポート』に一機の大型ヘリコプターが降り立った。
そこから現れたのは、公式の来日スケジュールとして箱根視察に訪れた、某国の特命全権大使と、日本の外務大臣だった。彼らは「お忍び」ではなく、マスコミのカメラフラッシュを浴びながら堂々と表玄関から入る「公のVIP」だ。
「……ようこそ、箱根へ。閣下」
レッドカーペットが敷かれた『ロイヤル・ゲート(表のVIP専用口)』。
相鉄の幹部たちが笑顔で出迎え、彼らを豪奢な『特別応接室』へと案内する。分厚いマホガニーの扉が閉まると、外のカメラマンたちのフラッシュは完全に遮断された。
だが、司令室のモニターでそれを見ていた若手社員は、怪訝な顔で高見を振り返った。
「高見さん。あの大使たちを、どうやって地下の『第3層(迎賓館)』へお連れするんです? まさか、特別仕様のVIPカートに乗せて、大衆や成金どもがウロウロしている一般通路を横切らせるわけにはいきませんよ。警備上、リスクが高すぎます」
「……バカ野郎。俺たちインフラ屋が、そんな野暮な動線を設計するわけがねえだろ」
現場監督の高見は、コーヒーを啜りながらニヤリと笑った。
「……ウチのVIPは、カートなんかには乗らねえ。『部屋ごと』移動するんだ」
高見がコンソールのスイッチを押し込む。
その瞬間。大使と外務大臣が座ってくつろいでいた『特別応接室』そのものが、微かなモーター音と共に「ガコンッ」と沈み込んだ。
「……な、何だ!?」
モニター越しに若手社員が驚愕の声を上げる。
ヘリポートに直結していたはずの特別応接室。それは単なる部屋ではなく、**部屋の形をした「超大型の軌道式エレベーター(ケーブルカー)」**だったのだ。
「ホテルやテーマパークの裏側と同じだ。……大衆の目につく場所に、VIPや裏方のカートを走らせるなんてのは三流の設計だ」
高見が図面を指差す。
「俺たちが岩盤の中に造り上げたのは、第1層も第2層も完全にバイパスして、表のヘリポートから地下の第3層まで斜めにぶち抜く『VIP専用の隔離シャフト』だ。……あの応接室は、扉が閉まった瞬間、そのままレールに乗って地下の要塞へと滑り落ちる仕組みになっている」
特別応接室の内部では、大使と外務大臣が、提供された最高級の抹茶を啜っていた。
彼ら自身も、自分たちが「部屋ごと」地下へ降下していることに、ほとんど気づいていない。相鉄のレール技術が、不快な揺れや重力変化を極限まで打ち消しているからだ。
「……素晴らしいお点前だ。それにしても、外のマスコミの喧騒が嘘のように静かな部屋だな」
「ええ。相鉄が誇る、最高の『おもてなし』でございます」
同乗している相鉄のコンシェルジュが、優雅に微笑む。
やがて、応接室が停止し、再びマホガニーの扉が開く。
そこはもう、表の喧騒など1デシベルも届かない、地下深くの絶対聖域――第3層『迎賓館』の内部だった。
アプト式で地下から這い上がってきた政界のドンたちと、ヘリで表から降りてきた大使たち。
「裏」と「表」、異なるルートから到着した国家の心臓部たちが、誰の目にも触れることなく、この相鉄の「暗黒の要塞」で合流を果たす。
「……完璧だ。表の光も、裏の闇も、すべて俺たちのレールの上で交差する」
司令室の奥で、川島社長が満足げに葉巻を咥え直した。
第1層、数万人の大衆が落とす「小銭」の濁流。
第2層、見栄に狂った成金から搾り取る「大金」と「自尊心」。
そして第3層、本物の権力者たちと結ぶ「国家の利権」という暗黒面。
箱根山頂に築かれた、狂気と合理性の巨大インフラ『ハコネ・スカイ・ヴィレッジ』。
すべての歯車が完全に噛み合い、轟音と共に回り始めた。
ここから先は、この狂ったシステムが日常として稼働し続ける、血も涙もない「錬金術の日々」の始まりである――。




