第136話 『時速20キロの特権:自動運転ガイドレーンの魔法』
相鉄本社・開発プロジェクト室。
「……客にハンドルを握らせない? どういうことですか高見さん!」
若手社員は、高見の放った言葉に耳を疑った。
「VIPの特権は『自分だけの専用カートで、広大な敷地を自由に移動できる』ことです。ハンドルを握らせないなんて、そんなのただの遊園地の電車じゃないですか! VIPが納得するわけがありません!」
若手の反論はもっともだった。富裕層が求めているのは「自分で運転する自由と優越感」だ。他人に運転されるバスや、決められたルートしか走らない電車では、承認欲求は満たせない。
だが、高見はニヤリと笑い、黒板に一台の「ゴルフカート」のような車両の絵を描いた。
「……見た目は最高級のレザーシートを張った、VIP専用の四輪カートだ。客は自分で乗り込み、自分でアクセルを踏む。……だがな、『ステアリング(方向指示)』だけは物理的に奪い取る」
高見はチョークを折り、カートのタイヤの内側に「もうひとつの車輪」を描き足した。
「……『軌陸車』だ」
「軌陸車……! 鉄道の保線作業で使う、トラックと電車が合体したようなあの車両ですか!?」
「そうだ。普段はゴムタイヤで公道を走るが、線路の上では『鉄の車輪』を下ろしてレールの上を走る」
高見は、VIPエリアの道路の断面図を描いた。アスファルトの表面に、細い「溝」が二本、レールのように埋め込まれている。
「VIPエリアの道路には、すべてアスファルトと面一になるように『案内軌条』を埋め込む。VIPが指定のカートに乗り込み、エリアに入った瞬間……車体底部から鉄のガイド輪が自動で降り、レールにガッチリと噛み合わせる」
高見は黒板をドンッと叩いた。
「客がやるのはアクセルとブレーキを踏むことだけだ。どれだけ酔っ払ってハンドルを右に左に切ろうが、車体はレールに拘束されているから、絶対に道を外れねえ。木にも壁にも激突しない」
「……物理的な、自動操舵(ガイドウェイバス方式)……!!」
若手が震える声で呟いた。
「そうだ。時速20キロの低速なら、脱線の危険もない。客は『自分で運転している』という優越感に浸りながら、実際にはウチのインフラ(レール)の上を走らされているだけだ」
高見はチョークの粉を払い落とし、不敵に笑う。
「……泥臭い鉄道の保線技術を、最高級のエンタメに昇華させてやる。これがインフラ屋の創る『昭和の自動運転』だ」
見た目は自由な高級カート。だがその足元は、冷徹な鉄のレールによって完全に制御されている。自損事故の可能性は、インフラの物理によって完全にゼロとなった。
「……見事だ、高見」
沈黙を破り、窓際で聞いていた川島がゆっくりと手を叩いた。
「裏の物流、歩車分離、そしてVIPカートの自動制御。……ハードウェア(インフラ)の壁は、お前の土木と鉄道技術で完璧に突破した」
だが、川島は葉巻を灰皿に押し付け、鋭い眼光で若手社員を睨みつけた。
「……だがな。お役人どもはこれだけじゃハンコを押さねえぞ。ハードがどれだけ完璧でも、最後に立ちはだかるのは『人間の業』だ」
「人間の業、ですか……?」
「ああ。カートの事故は防げても、VIPが『下界から自分のスーパーカーで、酒を飲んでリゾートにやってくる(飲酒運転)』というリスクだ。……警察も県庁も、これを絶対に許さない」
川島は机の上に、一枚の「関所」のような巨大なゲートの図面を広げた。
「……ここから先は、俺の仕事だ。VIPのちっぽけなプライドをへし折り、合法的かつ強制的に『車の鍵』を没収する……【現代の関所】の創り方を教えてやる」
最強のハードウェア(現場)から、最強のソフトウェア(横浜のドン)へ。
戦いの舞台は、いよいよ人間の心理を操る最終フェーズへと突入する――!




