第129話 決着編:出陣、『頂上快特』
昭和52年(1977年)、春。
ついに、小田原駅前にそびえ立つ「相鉄・京急合同ターミナル」が、箱根ルートの全面開通という歴史的瞬間を迎えていた。
ターミナル3階の「ガイドウェイバス専用プラットフォーム」。
そこには、真新しいアスファルトと案内軌条に挟まれるようにして、2台の巨大なバケモノ車両が静かにエンジン音を響かせていた。
1台は、車体が2つに連なる全長18メートルの巨体、『アプト式・連結バス(連接車)』。
もう1台は、背高のっぽな車体から相模湾の絶景を見下ろす**『アプト式・二階建て(ダブルデッカー)バス』**。
どちらも、京急伝統の「赤い車体に白い帯」を鮮やかに纏っている。
「……おい見ろよ、すげえ! バスなのに電車みたいに繋がってるぞ!」
「二階建てだ! 父ちゃん、早く乗ろうよ!!」
プラットフォームには、真新しい乗り物に目を輝かせる家族連れや観光客が殺到していた。彼らは荷物を抱えて右往左往することなく、高速バスと同じ「フカフカの深い指定席」へとスムーズに吸い込まれていく。
一方、眼下の地上にある「小田急小田原駅」と、その先の「国道1号線」。
そこにはいつもと変わらぬ、いや、春の行楽シーズンでさらに悪化した【絶望的な大渋滞】と、【登山電車の乗り換えを待つ長蛇の列】があった。
小田急の役員たちは、自社の駅のホームから、頭上のターミナルを忌々しそうに見上げていた。
「……ええい、見掛け倒しの赤いバスめ! どうせあの先の急勾配で音を上げるに決まっている!」
彼らはまだ、自分たちの「鉄道」という既存インフラの優位性を信じようと必死に縋っていた。
だが、その淡い期待は、無慈悲なインフラの暴力によって数分後に粉砕されることになる。
「——定刻です。出発進行!」
運転手の掛け声とともに、赤い連結バスと二階建てバスが、ターミナル3階からゆっくりと滑り出した。
バスは専用高架を走り抜け、送り出し工法で架けられた早川の鉄橋を渡る。
そして、小田急の登山電車がヒイヒイと這いずる谷間を完全にスルーし、急峻な「山の尾根」へと取り付いた。
ガコンッ!!
車体下部から『アプトの歯車』がせり出し、軌道中央のラックレールをガッチリと噛み砕く。
「……ポーン♪ これより急勾配区間に入ります。皆様、シートベルトをお締めください」
車内に航空機のような洗練されたアナウンスが流れる。
乗客たちは深いモケットシートに身を沈め、窓の外の景色に歓声を上げた。
時速30キロ。
決して速くはない。だが、眼下で【時速0キロ】で完全に停止しているマイカーの列や、ジグザグに進む登山電車を尻目に、赤いバスたちは一切の減速もスイッチバックもせず、最短距離の直線を「一定速度」でグングンと登っていく。
「……バ、バカな……! 抜かれた!? ウチの登山電車が、あんなバスに……!」
小田急の役員が双眼鏡を落とし、膝から崩れ落ちた。
彼らが防壁だと信じていた「地形の険しさ」も「道路の渋滞」も、京急の放った『頂上快特』の前では何の意味も持たなかった。
山頂に着けば、あのバスたちは歯車をしまい、今度は普通の路線バスとして箱根中のホテルへと客を「ダイレクト」にバラ撒いていくのだ。
乗り換え地獄の小田急に、勝機など1ミリも残されていなかった。
ターミナルビルの屋上から、箱根の山肌を一直線に駆け登っていく赤い車列を見下ろし、高見がタバコの煙を空高く吐き出した。
「……完璧なダイヤだ。小田急の城門は、これで完全にブチ抜いたな」
「ええ。地形の呪縛から解放された『面』の輸送ネットワーク。我々の完全勝利です」
五代はステッキを片手に、春の風に吹かれながらニヤリと笑った。
昭和52年、春。
小田原の空を飛ぶ『赤いバス』の誕生により、長きにわたった「小田原防衛戦」は、京急・相鉄連合軍の圧倒的な勝利をもって幕を閉じた。
そして戦いの舞台は、いよいよ標高800メートルの山頂……芦ノ湖畔のリゾート開発を巡る「真の箱根戦争」へと移っていくのである。
【次回更新予定】
130話〜 2月29日(日曜日)




