第12話 赤い彗星のピストン輸送 〜12両のサンドイッチ作戦と、三浦海岸の要塞化〜
1.プロローグ:三浦半島の「飛び地」要塞
昭和40年、晩夏。
三浦半島の最南端、油壺。
白亜の**『京急油壺・マリン・ドーム』**は、3万人の歓声に包まれていた。
ドーム地下の総合指令室。
専務の**五代剛**は、赤く点滅する路線図を見下ろしていた。
「……観客動員、3万2000人。満員御礼だ」
五代の声は冷静だった。
「大崎、状況はどうだ? 3万人の『都心への帰還』、準備は整っているな?」
運行管理課長・**大崎が、緊張した面持ちで頷いた。
「線路容量は限界ギリギリです。……ですが、専務が仕掛けた『飛び地』**のおかげで、勝負になります」
五代が行った最大の設備投資。
それは、ドーム建設に合わせて、以下の3駅だけを**「12両編成対応ホーム」**に延伸・改造したことだった。
京急油壺・マリン・ドーム前駅(新設・12両対応)
三崎口駅(12両対応)
三浦海岸駅(2面4線化・12両対応)
しかし、その北側にある京急久里浜、横須賀中央、金沢八景などの主要駅は、地形的な制約で**「8両編成」**のままだ。
つまり、先端(三崎)とネック(金沢文庫以北)だけが12両対応で、真ん中の腹(横須賀)は8両しか入らない。
「分かるか、大崎。……12両編成の電車は、横須賀中央には『止まれない』んじゃない。**『止まってはいけない』**んだ」
五代は不敵に笑った。
「ドアが開かないからな。……だからこそ、大義名分が立つ」
「ええ。……『スーパー快特』。三浦海岸を出ると、金沢文庫までノンストップ。……狂気のダイヤです」
2.第1フェーズ:三浦海岸の「堰」
試合終了のホイッスルが鳴る。
3万人の客が、ドーム前駅に殺到する。
ホームに待機していたのは、威風堂々たる**12両編成(定員約2000名)**の2000形だった。
「1番線、当駅始発! スーパー快特・品川行き! この電車は、三浦海岸を出ますと、次は金沢文庫まで止まりません!」
アナウンスに、客がどよめく。
「おい、横須賀中央も通過かよ!」
「久里浜にも止まらないのか!」
だが、文句を言っている暇はない。次々と客が吸い込まれていく。
ドーム前駅を発車した12両の巨体は、隣の三崎口駅を経て、要衝・三浦海岸駅へと滑り込む。
ここ三浦海岸駅は、五代の肝いりで**「2面4線(ホームが2つ、線路が4本)」**に拡張されていた。
これが、この作戦の心臓部だ。
「2番線、スーパー快特到着! ……1番線の『特急品川行き(8両)』、退避!」
三浦海岸駅では、先行していた8両編成の特急電車が、スーパー快特の通過待ち(接続)を行っていた。
12両のスーパー快特は、ここでさらに客を詰め込み、パンパンに膨れ上がる。
「発車! ……ここからが本番だぞ!」
大崎の指令が飛ぶ。
三浦海岸駅を出た瞬間、スーパー快特は**「制約の区間」**へと突入する。
ここから金沢文庫までの約20キロ。
ホームが8両分しかない区間を、12両の怪物が駆け抜けるのだ。
3.第2フェーズ:横須賀の幻影
夜の横須賀エリア。
京急久里浜、横須賀中央といった主要駅のホームには、帰宅途中のサラリーマンたちが電車を待っていた。
そこへ、接近放送が流れる。
『まもなく、通過電車が参ります。危険ですから、黄色い線の内側までお下がりください』
「通過? 快特じゃないのか?」
客が不審に思う中、闇を切り裂いてその「赤い彗星」が現れた。
ゴォオオオオオッ!!
凄まじい風圧。
ドレミファインバータの唸り。
そして何より、長い。
8両だと思って見ていると、いつまで経っても最後尾が来ない。
「な、なんだあの長さは!?」
「ホームからはみ出してるぞ!」
12両編成のスーパー快特は、横須賀中央駅のホームを轟音と共に通過していく。
減速などしない。最高速度100キロ(当時の限界)で、駅の照明を帯のように引き裂いていく。
車内では、ドーム帰りの客たちが優越感に浸っていた。
「すげえ! 横須賀中央をぶっ飛ばした!」
「見てみろ、ホームの客が唖然としてるぞ!」
これが五代の狙いだった。
**「物理的に止まれない」ことを理由に、本来なら停車必須の主要駅を堂々と通過する。
これにより、ドーム〜都心間の所要時間は劇的に短縮される。
まさに、ドーム客のための「専用弾丸列車」**だ。
4.第3フェーズ:金沢文庫のランデブー
ノンストップで走り抜けたスーパー快特は、ついに金沢文庫駅に到着する。
ここからは再び、全駅が12両対応となる「北の世界」だ。
大崎がモニターを見つめる。
「スーパー快特1号、文庫到着定刻! ……先行の特急電車(8両)との間隔、わずか45秒!」
三浦海岸で抜かれた特急電車(8両)も、必死に追いかけてきている。
金沢文庫駅では、緩急接続(乗り換え)が行われる。
「スーパー快特に乗り換えのお客様、向かいのホームへ!」
ここでの乗り換えもスムーズだ。
スーパー快特から降りる客(横浜南部在住者)と、普通電車から乗り換える客が交差する。
だが、スーパー快特は12両編成。圧倒的な収容力で、途中駅からの客も飲み込んでいく。
「発車! 品川まで逃げ切れ!」
金沢文庫を出れば、あとは複々線区間(のような高密度区間)だ。
12両の赤い巨体は、勝利の凱旋のように横浜へ、品川へと疾走していく。
5.エピローグ:12両のサンドイッチ
深夜23時。
ドーム輸送作戦が完了した。
指令室で、五代は冷えたコーラを飲み干した。
「……大崎。三浦海岸の『2面4線化』、効いたな」
「ええ。あそこがダムの役割を果たしました」
大崎が頷く。
「12両を受け入れ、8両を待避させ、順序を整えてから『8両区間』へ射出する。……三浦海岸駅の拡張がなければ、このダイヤは破綻していました」
五代は、路線図の「三浦海岸」の部分を指でなぞった。
史実では、三浦海岸駅はリゾート需要を見越して広めに作られたが、ここまで戦略的に活用されることはなかった。
だが、この世界では、ドーム輸送の要衝として機能している。
「12両の始発駅(三崎)と、12両の拠点駅(文庫)。その間を、止まりたくても止まれない怪物が走る」
五代はニヤリと笑った。
「これぞ、**『12両サンドイッチ作戦』**だ。……中身(横須賀)の具がはみ出しても気にするな。客を運ぶのが正義だ」
この夜、横須賀市民の間で一つの都市伝説が生まれた。
『夜になると、駅よりも長い幽霊列車が、猛スピードで通り過ぎていく』
『その車内からは、勝利の歌声が聞こえるらしい』
それは幽霊ではない。
大京急帝国が誇る、物理法則をねじ伏せた赤い彗星なのだ。
金沢文庫の連結部隊は、京急油壺・マリン・ドーム前駅行き12両編成の回送を作ってます。
けっして忘れない(忘れてた)




