第104話【鎌倉編・後日談④】敗者の美学と、英雄の段ボール
昭和52年(1977年)、冬。
国鉄暴動の翌朝、日本中のメディアは「二つの対照的な鉄道の姿」を大々的に報じていた。
『泥だらけの英雄! 私鉄連合、段ボール電車で数万人を救出!!』
『特権階級の驕りか? 小田急ロマンスカー、空気を読まず暴徒の標的に!!』
新聞の紙面には、窓ガラスの代わりに段ボールとガムテープを何重にも貼り付け、満員の通勤客を乗せて力強く走る相鉄・京急の「ツギハギ電車」の写真が、美談として大きく掲載されていた。
そのすぐ隣には、投石によって展望ガラスが粉々に砕け散り、無惨にボコボコにへこんだオレンジ色の特急「ロマンスカー」の無様な残骸が、群衆の怒りの象徴として晒し者にされていた。
* * *
【小田急電鉄本社・新宿】
「……バカな……。こんなことが、許されてたまるか……!」
小田急の若き冷将・御子柴は、社長室のデスクに新聞を叩きつけ、血の気が引いた顔でワナワナと震えていた。
彼が至上命題としていた「気高きブランド(美学)」。
それは、五代たちが持ち出した『段ボールとガムテープ』という、底辺の泥臭い応急処置の前に完全に敗北したのだ。
世間は今、相鉄と京急を「自分たちの生活(足)を命懸けで守ってくれたインフラ屋」として熱狂的に支持している。対して、暴動の最中に富裕層だけを乗せて優雅に走ろうとした小田急は、「庶民を見下す冷血な金持ち企業」という最悪のレッテルを貼られてしまった。
「……私の、私の完璧なロマンスカーが……あんなゴミ溜めのような野良犬どもの『段ボール』に負けたというのか……!!」
御子柴は、頭を抱えて呻いた。
血統書付きのプライド高き柴犬が、泥水にまみれた野良犬に自慢の毛並みをむしり取られ、世間という名の群衆から石を投げられている。
彼にとって、これ以上の屈辱は存在しなかった。
だが、柴犬の悲劇はこれで終わりではなかったのだ。




