第103話【鎌倉編・後日談③】政治の空白と、笑う野良犬(免許強奪)
数時間後。
大混乱に陥っている運輸省の廊下を、五代はステッキの音を響かせながら、我が物顔で悠然と歩いていた。
すれ違う官僚たちは、国鉄の事後処理で電話と書類の山に追われ、誰もこの「私鉄のフィクサー」の侵入に気づかない。
五代は、とある鉄道局長(以前から接待と裏金で飼い慣らしていた官僚)の個室のドアを、ノックもせずに開けた。
「……ひぃっ!? な、なんだね君は! 今は国鉄の件でそれどころじゃ……五代くん!?」
頭を抱えていた局長が、五代の顔を見てギョッとした。
「……お疲れ様です、局長。大変な騒ぎですね」
五代は、局長のデスクの真ん中に、ドサリと『小田原延伸』の申請書を置いた。
「……な、なんだねこれは。小田原への延伸許可? 馬鹿な、小田急の縄張り(聖域)だぞ! 平時なら絶対に認可など下りない!! そもそも今は大臣が不在で……!」
「……だからこそ、ですよ」
五代は、局長の耳元で悪魔のように囁いた。
「……国鉄が暴動を起こし、運輸省に対する世間の風当たりは最悪だ。……そんな時、あの暴動で『何万人もの国民を救った英雄(京急・相鉄)』の新規路線を認可したとなれば、どうなります?」
「……あ……!」
「……『運輸省は、国民のために働く優良な私鉄を優遇し、新しい交通インフラを整備した』という、最高のアピール(目くらまし)になる。……違いますか?」
局長の目が泳いだ。
国鉄の腐敗から世間の目を逸らすための、わかりやすい「善行」。
そして何より、今の運輸省はトップ不在の無法地帯だ。どさくさに紛れてハンコを押してしまえば、後から「暴動対応の緊急措置の一環だった」といくらでも誤魔化せる。
「……さあ、局長。ハンコを」
五代は、インクのたっぷりついた朱肉と、局長の決裁印を無言で差し出した。
外では電話のベルと怒号が鳴り響く中、局長は震える手で印鑑を握り……その分厚い申請書に、ガチャン! と重い音を立てて朱印を押した。
* * *
「……これで、箱根の喉元に刃を突きつけたぞ」
霞が関の冷たい風を浴びながら、五代は認可印の押された特許を高く掲げ、野良犬のように獰猛な笑みを浮かべた。
国鉄の自滅という巨大な嵐。
その影で、誰も気づかないうちに、相鉄・京急連合による「小田原侵攻」の法的根拠が、完全に確立された瞬間だった。
あとは、この事実を知った「柴犬(小田急)」が、どう狂ったように牙を剥いてくるかだ――。




