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コタツと宇宙人-1

「先生、これは大変なことだと思いませんか?」竹内くんは座布団に座り、蜜柑の皮を剥いている。もう四つ目だ。人の家の蜜柑をボリボリと食べるのはやめて欲しい。

「何が大変なんだい?」僕はそんな文句はもちろん口にしない。たかが蜜柑だ。そんなもので情けない姿は見せたくない。僕のプライドは蜜柑四個では失われない。

「ずっと何かが足りないと思っていたんです」竹内くんは蜜柑をむきおわると、半分にわり右手に持った方を一口で食べた。せめて一粒づつ食べろと言いたくなる。

「足りないもの?竹内くんに?」それなら沢山ある。むしろ今気付いたのが遅いくらいだ。

「いや、この部屋にです」勝手に人の部屋に上がり込み、足りないものを指摘する。最近の学生はどうなってるんだ全く。

「足りないもの?割となんでもあると思うけどな」僕は部屋を軽く見渡す。生活に必要な家電は揃っているし、特に不自由していることはない。

「マジですか先生。今まで気づかなかった俺が言うのもなんですが、こんなことにも気づかないなんて、失望を禁じ得ませんよ」竹内くんは蜜柑のもう半分を口に放り込む。口から果汁が飛び、机に少しかかったので、僕はそれをティッシュで拭いた。僕のその一連の動きを目で捉えながら、竹内くんはため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだ。

「先生、日本の冬に欠かせないものと言ったらなんですか?お正月、蜜柑を食べ、箱根駅伝を見る場所はどこですか?」

謎々か?僕は、今となっては帰りづらくなった実家でのお正月を思い出す。お雑煮に七味を沢山かけ、蜜柑を食べ、ダラダラと箱根駅伝を見たあの部屋。ガスストーブでホカホカに温められた部屋には、、、あの温かい空間。僕の心を溶かしたあいつは、、、

「こたつか?」

「コングラっちゅレイション」竹内くんが拍手で讃えてくれる。鬱陶しい。

「竹内くん、確かに僕が間違えていたようだ。こたつのない冬なんて、大山のいない阪神のようだね」

「俺野球観ないので」

「阪神タイガースは一般教養として履修しておくべきだよ。そうとなれば、今すぐにでも買いに行こうじゃないか。こたつが我々を待っている」

「寒いから嫌ですよ。先生だけ行って来てください」

「そんな薄情な子に育てた覚えはないよ」

「俺たちまだ会って半年ですからね」

「会って半年の人間に留守を預けるわけにはいかないかな」

そんなこんなで互いに駄々をこね、結局二人で冬の曇り空の下、こたつを買いに行くことになった。

「そもそもコタツってどこで売ってるの?」

「俺はネットで買いましたよ。けどニトリ行けば絶対売ってますよ」

「確かにそうだね」ニトリなら歩いて行ける距離にある。二人でポケットに手を突っ込みながら、ニトリまでの道を歩く。平日の昼間なので、道路にはおじいちゃんおばあちゃんしかいない。

「こうして見ると、超高齢化社会を実感しますね」

「僕は実家の寂れた最寄駅の付近に、整体と接骨院が合わせて五件できた時に感じたよ」

「こうやって俺ら若者の負担がどんどん増えて行くんですね。俺もバブル期の絶頂でバブリーしたかったですよ」

「君はまだ学生だから負担も何もないだろ」

「俺だっていつかは学生じゃなくなりますからね。将来を憂いてるんですよ。誰かが日本を変えてくれることを本気で願っています」

「でも少子化って急にどうこうできるもんでもないからね」

「けど俺ら若い世代だけが貧乏くじを引かなきゃ行けないって納得いかないじゃないですか。好景気を楽しみ、好き勝手生きて、年金ももらってる爺さんなんて許せないわけですよ」

「爺さんにだって色々いるさ。必死に働いたけど大した退職金も貰えず、息子がニートになって、年金と貯金を食い潰されてるみたいな人もいるわけで。それにね、時代の流れの中で誰かが貧乏くじを引かなきゃいけないタイミングっていうのはあるんだよ。そりゃできれば引きたくはないけど、どうせ引くなら格好良く引きたいよね」

 竹内くんは歩きながら僕の顔をじっと見つめた。あまりにも感銘を受けたのだろうか。

「そんなに格好良いこと言うなら、定職について沢山税金を納めてくださいよ」

 このクソガキ、可愛くなさすぎる。だがあまりにも的を得た意見だったので、竹内くんに当たる代わりに、僕は足元にあった石を軽く蹴った。石は力無くコロコロと転がって、すぐに止まるかと思いきや、そのままコロコロと一定の速度で転がり続けた。明らかに物理法則を無視した不自然な転がり方だ。僕は高校生の時に理系科目とはロング・グッバイをしたので、物理法則がなんなのかはよく知らないが。

「先生、危ないですよ。あんなに強く石を蹴ったら」

「いやいや、そんなに強く蹴ってないって。あの石なんかおかしくないか」僕にはもしかしてサッカーの才能があったのか?いや、それよりもこの先は、、、僕は走り始めた。

「竹内くん、車に当たる前に石を止めるぞ」この道を真っ直ぐ言った先は大通りだ。もし車にでも当たり、修理代を払わなければいけなくなったら、僕の悠々自適のギリギリライフが破綻してしまう。というか、あの石加速してないか?前を行く石は、下り坂でもないのにスピードを上げている。遅れてスタートした竹内くんが、僕の横を颯爽と追い抜いていく。若さって素晴らしい。いや、僕は学生の時も足が遅かった。竹内くんと石の距離はどんどん小さくなり、竹内くんが石を取ろうと手を伸ばした瞬間、石は右折して横道に入っていった。

「ワオ」竹内くんがアメリカンな反応をする。

「先生見ました今の?」

僕は止まった竹内くんを追い抜き、石の後を追う。

「コタツ買いに行きましょうよー」と後ろから声が聞こえるが無視する。なんでこの状況でこたつを買いに行くという選択肢が出てくるんだ。石はどんどんスピードを上げ、道の奥にある公園の中に飛び込んで行った。僕もやや遅れてその公園に入った。

 公園は小さく荒れ果てていて、遊具も錆だらけのブランコしかなかった。そのブランコも椅子の部分が支柱にくくりつけられていた。ここに住んで二年以上経つのに、近所にこんな場所があるなんて知らなかった。

 石はというと、完全に見失ってしまった。公園を囲むようにある背の低い垣根に飛び込まれていたら、もう見つけようがない。

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