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味噌汁と竹内くん

 朝食のために味噌汁を作る。昨日の晩から煮干しを鍋につけておいたので準備は完璧だ。一番好きな料理に味噌汁は出てこないが、味噌汁は毎食食べても飽きない。もやしと白菜を詰め込み鍋に火をかける。白菜が柔らかくなったら味噌を入れる。今日も完璧な朝食が出来上がるだろう。

「ピンポン」とインターホン。モニターを確認すると、見覚えのある青年の顔が写っている。

「先生、おはようございます」

「竹内くん、平日の朝の八時に人の家に上がり込むのはマナー違反だよ」

「炊き立てのお米持ってきました」

「入りたまえ」僕は一丁前にオートロックを解除し、玄関まで行き鍵を開けておく。二度もインターホンに応答するのは面倒だ。

 白菜の火の通りを確認していると、竹内くんが部屋の中に入ってきた。

「お邪魔します」

「お邪魔されます」

「先生が孤独死しないようにきてあげましたよ」

「ありがとう。君のおかげで僕の美しい朝の旋律に乱れが生じたよ」

竹内くんは鍋をのぞいた。

「お、白菜の味噌汁良いですね。やっぱり冬は白菜ですよね」竹内くんはそう言うと、二人分の食器を用意し始めた。

「今日は一限から?」

「そうなんですよ。つまらない授業なんですけど必修なので」

「必修の授業を教えてる時の先生もやる気なさそうだしね」

「危機感がないんですかね」

 僕は鍋の中で味噌を溶き、一口味見をする。うまい。冷蔵庫から漬物とニラ玉を取り出し、ニラ玉をレンチン。竹内くんが持ってきてくれた米の隣に用意したものを並べる。

「今日も美味しそうですね」

「食べよう食べよう」

「今日大学の帰りに寄っても良いですか?」

「今日は夕方からバイトだな。残念だ」

「そっかー。じゃあ彼女とどっか行ってきます」

「待って、彼女いたの」僕は少しショックを受ける。確かに、竹内くんは整った外見をしているし、服も小洒落れている。しかし、そんなにイケてる雰囲気の竹内に彼女がいないと思い込むことが、僕の心の平穏に少しは役立っていたのだ。

「普通にいますよ」

「普通にって辞めてよ」

「なんでですか」

「彼女いない僕が普通じゃないみたいじゃないか」

「確かにそうですね。すいませんでした。彼女いますよ」

「青春してるね」僕は味噌汁を飲む。温かい味噌が体に染みる。

「先生も彼女作れば良いじゃないですか」

「君は無責任なことを言うね。僕に彼女が作れると思うかい。学生時代ですら作れなかったのに。今のフリーターの身分で恋人などできると思うかい?」

「それは全国のフリーターに対する偏見ですよ」

「それはそうだね。ごめん」

「良いですよ」なぜか竹内くんに許される。

「けどね、僕が言いたいのはそう言うことじゃないんだ。フリーターでも彼女がいる人なんて一杯いるだろうよ。けどそんな人のほとんどは、フリーターじゃない学生の時にも彼女がいたんだよ。学生の時に彼女いる人がフリーターになっても彼女いるのは分かるけど、学生時代に彼女いない人がフリーターになって彼女できるケースは少なそうじゃないか?」

「確かにそれはそうかもです」竹内くんはニラ玉を白米の上に乗せた。

「てか先生、学生時代に彼女いなかったんですね」

「そうだよ」

「ふーん」竹内くんは興味があるかないか解らない返事をする。

「モテる人はモテるし、モテない人はモテないんだよ」

「なんですかそれ」

「僕がこの二十五年間で見つけ出した真理。世界っていうのは残酷なんだ」

「朝からこんなに美味しい味噌汁が食べられるのにですか?」

「確かに、あんまり残酷じゃないかもしれない。朝に味噌汁が飲めることは大事だね」僕は白米を口に運び、味噌汁を飲む。確かに世界はあんまり残酷じゃない。少なくとも僕の世界は。ご飯を食べれ、温かい場所で眠れる。本だって読めるのだ。ごめん世界。僕は世界に対してキチンと謝り、ニラ玉に箸を伸ばす。ニラ玉がもうない。

「ねえ、ニラ玉がもうないよ」

「俺、食べましたよ。先生まだ食べてなかったんですか」

「食べてないよ。黄身の一片すら口に入ってないよ」

「食べたと思ってました。すいません」竹内くんは素直に謝った。

「いいんだよ。また作れば良いんだから」僕は大人の対応を見せる。この背中を見て、竹内くんも大きくなってくれれば良い。

「俺、遠慮の塊が苦手なんですよ」

「遠慮の塊?」無遠慮さにおいて、竹内くんの右に出るものはなかなか居ない。

「最後に残った唐揚げ一個とかですね」

「ああ、あれね」

「俺が見る分には良いんですけど、相手に気づかれるのが嫌で」

「ああ、なんとなく分かるよ。僕らってこれできちゃう関係性なんだみたいなね」僕は学生時代の居酒屋の席を思い出す。人見知りを発揮し斜に構えていた僕は、皿の上に残っていた唐揚げと見つめ合っていた。あの時隣にいた女の子と素直におしゃべりをしていたら、僕の青春は文字通りのものになったのだろうか。

「そうなんですよ。だから、遠慮の塊に足を突っ込みそうなおかずがいるとすぐに食べちゃうんですよ。先生に気を遣わせないための俺なりの優しさです」

「優しさをありがとう。けど僕は今回ニラ玉の存在に気づいていなかったから、今度僕とご飯を食べるときに塊になりそうな子がいたら、そっとしておいてあげてくれないか。きっと僕にたべられるのを待っているから」

「わかりました。善処します」竹内くんはそう言って、ご馳走様でしたと手を合わせた。

「すいませんが先生、洗い物をお願いしても良いですか?一限の前に資料を印刷しなければいけないんでした」竹内くんは少しも申し訳なさを感じさせない表情でそう言った。

「ああ、それぐらいは構わないよ。気をつけて行くんだよ」僕は竹内くんを座ったまま見送った。

竹内くんがいなくなり静かになった部屋で、僕は時計を確認した。時間は八時三十分。今日は図書館に行き、取り置きしてある本を借りて、バイトの時間までダラダラ過ごそう。今日もいつも通り、悪くない一日になりそうだ。


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