総理大臣の苦悩-2
「それで先ほどの話ですが、」ウタはこたつに足を入れて話を切り出した。
「はい」
「単刀直入に言います。私がこの星、日本に来た理由は観光です」
「観光?それは言葉の意味通り受け取っても良いのですか?」
「はい。言葉の意味通りの観光です」
部屋に少しの沈黙が流れた。外堀は部屋を変えるタイミングで都合良い用事で逃げ出した。まあ、あいつがいない方がこちらとしても助かる。部屋にはウタと森田、秘書の磯山だけだ。
「少し、私の星の話をしましょうか」ウタがそう切り出した。
「私の星では、あなたたちでいう資本主義が、世界の発展を促しました。科学技術は地球のそれよりもはるか上をいき、遺伝子の研究も進んでいます。老化を防ぐ技術も手に入れていました。寿命を迎えれば肉体は消滅しますが、脳を機械媒体に移植することもできます。まあ、あれを人と呼ぶのかは私たちの間でも議論が分かれていますが」
「なるほどそれは、、、」森田は言葉に詰まった。ウタはそれを見て微笑んだ。
「あなたは聡明ですね。私たちの星を理想郷とは言おうとしない」
「いえ、そんなことは」
「良いんですよ。続けますね。資本主義の発展は細部への効率化を促しました。効率化の関係で、我々の星からは家族や文化といった非効率なものが失われました。もちろん、国という概念もとうの昔に無くなっています」
「家族は非効率ですか?」
「最も効率的に人を動かすには、星という単位にのみ人々を従属させる必要があります。家族や国、宗教といったものは、それを分断させてしまいますから。分断が争いを生むことはあなたがたも承知でしょう」
「確かにそれはそうですが、そう単純にいく話なのでしょうか」確かに、人が所属する単位を星のみにしてしまえば、争いは極端になくなるだろう。人々にそれ以外の所属単位はなく、争いを生む大きな主語が星以外なくなるのだから。しかし、人々がそんな簡単に思想や国、ましてや家族を捨てることができるのだろうか。
「単純な話ではありませんよ。私たちはかなり長い年月をかけてそのように変化、いや進化していきました。その過程で、武力での弾圧、虐殺、核戦争、禁書などの思想統一、沢山の目を覆いたくなるようなことが起きました。その結果が現在です」
「では、あなたの星では争いはないのですか?」
「集団を主語とする争いは行われていません。個人間での争いはありますがね。ですがそれすらも、極めて稀です」
「個人間での争いが稀だというのは信じがたいですね。あなたの星の人間は、全員温厚なのですか?そうなるように教育されているのですか?」
「確かに争いを忌避するような教育はされています。暴行を犯した者への罪も重いですしね。しかしそれより大きいのは、私たちには大切なものが存在しないのです。これが一番大きな理由です。家族や宗教などの守るべき、従うべきものがなく、ものが溢れた世界では稀少なものは存在しません。稀少は争いの元ですからね」
「なるほど。話を少し戻させて下さい。あなたの星では集団がないと言っていましたね。しかし、思想を基にした集団はなくても、自然発生的にできてしまう集団はあるのではないですか?その最たる例が、資本主義の果てにできる、貧富の差です」
「貧富の差はもちろんあります。それもかなり大きなものが。しかし、それが争いにつながってはいません。少なくとも現状は」
「そんなことが可能なのですか?」
「単純な仕組みですよ。この星で行われていることを少し極端にしただけです」
「わが国は社会保障や税で、できるだけ格差を是正しようとはしていますよ」それが完璧な解決になっていないことを、もちろん森田は理解している。
「日本とは言ってないですよ。この星と言ったのです」
「ああ、、、」森田は思わずうめいた。森田には、ウタの星で行われていることが理解できた。
「居住区が分かれているのですね。あなたの星では。アフリカの貧民が日本国民の裕福さに対して革命を起こさないように、あなたの星では貧富の差が見えなくなっている。居住区と、あとおそらく情報操作によって」
「正解です」ウタは自虐的に微笑んだ。
「我々の経済力や生活水準は、居住区ごとに大きく分かれています。同じ居住区に住む者同士でも多少の差はありますが、社会を分断するレベルのものではありません」
「残酷ですね」
「この星がやっているのも似たようなことですよ」
「知っています」森田はため息をついた。そんなことは知っている。
「そして、我々の貧富の差に対する情報は、下方向に向いてのみ開かれています」




