総理大臣の苦悩-1
森田新造は汗を流していた。米国との関税交渉の際もここまで緊張することはなかった。いくら相手が横暴な一国の大統領といえど人は人。取りうる行動には人としての枠組みがある。人相手なら森田は一定の成果を上げることができる自信がある。それは積み上げられてきた実績による正当な自信だ。そしてその森田の実績が、内閣の支持率の高さにつながっている。
しかし今回の相手は違う。宇宙人。しかもかなり高度な科学力を持った。その技術は地球のそれよりはるか先を、今後人類が到達できるか分からない絵空事の域に達している。彼らは容易に地球に到達することができ、彼らからのアクションがなければ人類はそれに気づくことさえできない。今回も相手方からの接触があったゆえ、その存在に気づいたのだ。
「総理。相手方はまだでしょうか」外務大臣の外堀が顔を覗き込むようにして話しかけてきた。小心者の二世議員だ。本来ならこんなポストには付けたくなかったのだが、森田は彼の父である元総理には大変世話になったし、彼の父の力はいまだに永田町を漂っている。
「まだ約束の時間までは5分ある」森田はポケットから取り出したハンカチで汗をぬぐった。
「話が通じる相手なんですかね?」
「分からん。けど確かなことは、相手はその気になれば地球なんて簡単に侵略できるということだ。おい、ちょっと暖房を下げてくれ」森田は後ろに立っていた秘書に言った。秘書は軽く頭を下げて、その場を離れた。
森田は下を向き、目頭を押さえた。頭痛がする。宇宙人からの接触があった四日前からろくに眠れていない。
「暖房というのは味気ないですね」
突然前から聞こえた声に、森田は驚き顔を上げた。目線の先、机を挟んで向かい側に、10代後半にも見える少女が座っていた。
驚いて慌てて立ちあがろうとする外堀を、森田は右手で押さえた。
「初めまして、ウタ=デルタ=マグノリアさんですね」森田は椅子からゆっくりと立ち上がり、お辞儀をした。想像していたよりもずっと若い。いや、あくまで見た目だけか。彼らを人間の器で測ることはできない。この見た目が本来の姿であるかどうかも分からないのだ。
「こちらこそ始めまして森田総理。急な登場失礼しました。少し驚かせてみたくて」少女、ウタはそう言うと同じように頭を下げた。
「それにしても、こんな暖房の効いた部屋ではなくて、こたつのある部屋で話がしたいですね」
「すぐに用意しろ」森田は秘書にそう言いつけた。
「はい」秘書はそう言うと小走りで部屋を後にした。ドアを開けるのに一瞬もたついた所を見るに、いつも冷静沈着なこの男も少し慌てているようだ。まあ、隣でただ呆然と座っている外堀よりも遥かに優秀だが。
「こたつがお好きで?」
「私の日本の友人の家で、こたつに入りながら餅を食べまして。あと蜜柑もです。良いものですね、日本の冬は」ウタは笑顔でそう言った。
「気に入っていただけたようで何よりです。それにしても日本語がお上手で」既に民間人と接触していたのか。森田は驚きと警戒を顔に出さないよう、新和的な表情を浮かべた。
「私はこの国に来る前から、日本の文化に非常に興味を持っていたので、日本語の勉強をしていました。それに我々にとって言語を一つ習得すると言うのはあまり難易度の高いことではありません。地球の時間軸で一週間という所でしょうか、それぐらいの時間があれば平均的な知能の者でしたら言語を習得できるでしょう」
「いや、、、それはすごい」
「まあ、私たちの星は一言語に統一されてますから、新しい言語を習得する必要性というのはあまりないのですが。私のような一部の物好きだけが、他の星の言語を学んでいるといった所です」
「なるほど、、、」一言語に統一されているということは、彼女の星にはもしや、国という概念がもうないのか。それに、もしや彼女らにとって地球人は初めての宇宙人ではないのか。彼女の口ぶりだとその可能性は充分にある。森田は総理としての義務ではなく、単純な知的好奇心で彼女と会話がしたくなった。しかし、森田は総理だ。
「それで今回はどういった理由で、我々の星に来られたのでしょうか?」単刀直入な質問。森田は諸外国との交渉でこれこそが、最も効率的だということを知っていた。腹の探り合いや騙し合いは、互いに疲弊し信頼感をなくすだけでその場凌ぎの時間稼ぎにしかならない。即効性が求められる外交において、それはあまりにもナンセンスだ。
「良いですね、単刀直入で。けど場所を移しましょう。あなたの優秀な秘書さんが戻ってきたようです」
ウタがそう言ってから数秒後、秘書がドアを開け部屋に入ってきた。




