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その男、大持福助

 金というのは使わなければ減らないのだ。資本主義というのは、この事実に気づいたものから抜けていくことのできるゲームである。バイ、マイファザー。

 俺の名前は大持福助、27歳。いかにも金持ちそうな名前だ。まあなんやかんやで若くして金を作ることに成功し、のんびりとコンビニでアルバイトをしている。もう金を稼ぐ必要などないのだが、社会とのつながりを保つために働いている。今日もコンビニで働いている。

 バイト先の人間関係も良好だ。店長は適当で優しく、その割に面接で舐めた態度の学生をちゃんと落とすから、バイトのレベルが高く、飛んだりする人間もいない。ゆるく働くには、ちょうど良い職場だ。

 俺が一番シフトが被るのは、田中というフリーターだ。暇そうな、ゆとりのある雰囲気の男で、どんな時ものんびりと働いている。挨拶と業務上の会話をする程度の仲だ。

 最近、田中の知り合いの女がよく店に来るようになった。非常に可憐な顔をした大学生、いや下手すれば高校生ぐらいの女だ。彼女はコンビニにやってくると、週刊の漫画誌と野菜ジュースを買いいつも帰っていく。その際に、田中がいたら親しげな様子で話しかけている。田中はいつも少し迷惑そうに、それに応えていた。

 そして今、俺は彼女に恋をしている。初めて見たとき、人生初の体験、まさに雷が落ちてきたような感覚になった。大きな目、小さな鼻、艶のある黒髪に、まだあどけなさを感じさせる口元。なにもかもが完璧な女性で、この地球にこんな人間がいたのかと衝撃を受けた。彼女はまるで、天から落ちてきた女神だった。地上に舞い下りた奇跡、神様からの贈り物、美の象徴、どんな言葉でも彼女あらわすことはできないだろう。

 そして月曜日の今日、決心を固めた。彼女はジャンプを買いに100パーセント店に訪れる。そして田中と会話を始めるだろう。俺はさりげない感じでその会話に参加し、田中と彼女の関係性を聞き、あわよくば彼女の連絡先をゲットする。

 女子と連絡先を交換する。そんなイベントは俺の人生に訪れなかった。学生時代、一心不乱に勉強し、社会に出て企業をした後も、夜の街の誘惑に負けずただひたすらに努力を重ねた。その結果が現在の俺を作り出しているのだ。不安はある。だが、問題はない。彼女に恋をしてから、彼女を攻略するために、何冊もの本、何度ものイマジネーションを重ねた。今まで人生、なんだってこれで乗り越えてきたのだ。ここ一か月半はネットカフェに宿泊し、ジャンプ作品に対する知識と理解を深めた。それ以外にも、美容、ネイル、ブランド、旅行、彼女が興味を持ちそうな話のタネは何だって頭に入れた。準備はできた、あとは待つだけだ。

「今日も暇ですね~」突然、となりのレジの前にいる田中が話しかけてきた。

「そうですね。まあ、月曜の昼間ですからね」これはチャンスだ。今のうちに田中と親しくなっておけば、彼女が来た際に、会話への参加が容易になる。

「田中さんって休みの日とか、時間あるとき何してるんですか?」俺は無難な質問を投げかけた。

「本読んだり映画観たり、あと最近は将棋にはまっているんですよ。全然へたくそですけど」

「へえ、将棋良いですね。得意な戦法とかあるんですか?」

「いやあ、まだ本当に素人で。基礎から覚えています。けど守るよりも攻める方が好きかもしれないです。大持さんも将棋やられたりするんですか?」

「いやあ、全然です。高校の時ちょっとだけやったんですけど、最近はまったくですね。久しぶりにやってみようかな」

「新しい趣味ってわくわくしますよね」

「あー分かります。最近漫画にはまってしまって、人生が少し豊かになりましたね」

「お、良いですね。どういうの読んでるんですか?」

「ジャンプ系を一気に読んでますね。いやー面白いです」なんだか順調に仲良くなれている気がする。この田中というバイト、なかなか話しやすいではないか。

「ジャンプ良いですよね。僕もずっと読んでますよ」それは知っている。こちとら君と彼女の会話に耳の全神経を傾けていたのだから。

「あー、よく来る女性のお客さんと話されてますもんね」よし、さり気なく彼女の話題を入れ込むことに成功した。田中が少し会話の間をおいて、俺の顔を見つめてきた。しまった、焦りすぎてしまったか。

「いやあ、すいません。うるさかったですよねバイト中に」田中の返答に俺はほっと息をついた。鈍そうな男だし、変な勘繰りをすることはないだろう。

「いや、全然うるさくないですよ。ただ会話の内容だけちらほらと聞こえていて、、、」俺は思い切って切り出すことにしてみた。

「田中さんと彼女ってどういう関係なんですか?」

「趣味のあう友達ですね。家も近所なので」田中がよどみなく答える。この返答からは何も読み取ることはできない。

「大学生ですか?結構若いですよね。いや、でも最近の女性はみんな若いか」

「いや、そういえば、年齢は知らないですね、、、仕事をしてたって話は聞いたので、大学生ではないと思います」俺は田中の返答に歓喜する。年齢を知らないと言うことは、田中と彼女が恋人である可能性は限りなく低いだろう。恋人の年齢を知らない人間などいないだろう。それに、彼女が働いていたということは、思っていたよりも俺と年齢が近いのかもしれない。自分よりかなり年下の女性に恋をすると言うのは、合法といえどもなんとも言えない罪悪感を感じてしまう。ここでいうかなり年下とは6歳以上年齢が下の場合だ。小学校に同じタイミングで通っていなかった相手に恋するというのは、俺にとってはかなりの精神的ハードルを要するし、そんな年齢差の相手に恋をしようなどとは思ったことはない。しかし、恋というのはいつだって落ちるものであり、自分の意志とは関係なく前に進んでしまう。もし彼女の年齢がかなり下だったら、俺は恋と精神的自己嫌悪との二重苦に苛まれ、自我を保つことなどできなくなっていただろう。幸運だな大持福助。お前は神に愛されている。

 俺は浮かび上がりそうになる笑みを堪えた。必要な情報は手に入れた。これ以上の詮索は田中に不信感を抱かせるだけだけだろう。それは今後の彼女との関係、バイト先の居心地を考える上で、明らかに悪手だ。あとは適当に会話を切り上げ、彼女が来店したタイミングでさりげなく会話に侵入する。これが知者の手だ。本能的な下半身に支配された一般男性と俺は、こういったところで一線を画す。

 その日、彼女はバイトに来ず、俺の立てたプランは崩壊した。彼女が来ない理由を田中に聞いてみたい衝動に駆られたが、理性でそれを抑え込んだ。俺はかなりの収穫があった日だと自分を納得させ、ネットカフェへの帰路についた。彼女の連絡先はまた今度手に入れれば良い、この諦めない心こそが俺の取り柄だ。


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