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【9】勇者のためのお子様ランチ




 ゼバスティアはあわてて、ごまかすように咳払いをコホン、コホンと二度ほどして。


「我に挑みにきたとはいえ、客は客。今日はいささか作りすぎた料理があるらしいから、食べていくがよい!」


 そう尊大に言い直した。アルトルトはこてんと首を傾げる。おお~その角度も愛らしいぞ。さっそく魔界の宮廷画家に描かせて……ではなくて! 


「ふふふ、それともこの魔王の出す馳走は怖くて食べられぬか? 臆病者め」

「僕は臆病者ではない! それに食べ物を残すのは、よくないことだ!」


 しっかりと策にはまってくれた小さな勇者に魔王はニッと笑う。パチンと指を鳴らす。

 そこに現れたのはドレープとリボンとお花のクロスで飾られた巨大なテーブル。そのテーブルの上にのっている、湯気の立つごちそう。

 中央にある大きな去勢鳥の丸焼きの詰め物はアルトルトの大好きな米にナッツと干し葡萄だ。その周りにクリームのように絞り、薔薇の花の形に飾り付けられたチーズ入りのマッシュポテトも彼の好物。大きな肉がゴロゴロとこっくり煮込まれたシチューには、ニンジン嫌いのお子様でも食べられる艶々のグラッセに、これもグリンピース嫌いも克服できるふっくらした豆が副菜として添えられている。

 もっともアルトルトはこの一年で「ゼバスのはおいしい~」と全部克服済みであるが。

 さらには銀の大皿に盛られた舌平目のバターレモンソースがけに、貝殻を器にしたエビのグラタンと、大好きなものばかりにアルトルトの瞳がキラキラとなる。それにゼバスティアはうんうんと心の中でうなずく。

 なにしろ、この一年、執事として仕えてきたのだ。この勇者の好みはこの魔王が一番よく知っている。


「さあ、食べるがよい!」


 尊大にいいながら席についた小さな勇者の前へと、魔王自ら華麗な手つきでサーブをする。去勢鳥を素早く切り分け、その中身とともに綺麗に盛り付ける。薔薇の形に絞られたマッシュポテトももちろん添える。これも厨房でゼバスティア自ら絞り出したものだ。

 それから小骨などひとつも入らぬように取り分けた舌平目に、貝殻の容器のグラタンを載せてやる。


「いただきます」


 しっかりと手を組んで目の前の食べ物に感謝する。良い子に育ったものだ……腕を組んだままの尊大な態度ながら、執事ゼバスとしての気持ちになって、ひそかにジーンとなる魔王ゼバスティアだ。


「魔王は食べないのか?」


 傍らに立つゼバスティアを見上げて、アルトルトが言う。それに「我はいら…ぬ……」と答えかけた。散々味見はしている。


「このニンジンのグラッセ、ゼバスの味にそっくりだ」


 シチューに添えられたニンジンにぶすりと銀のフォークで刺して口に運ぶアルトルトの言葉に、ゼバスティアはまさかバレた? とドキリとするが。


「ゼバスの料理も、この料理に負けないぐらい、おいしい。おいしいけれど、ゼバスは一緒に食べてはくれない。ゼバスは執事だから……」


 使用人が主人と食卓を共にするなどあり得ない。しかし、その寂しげな横顔に、ゼバスティアの胸にもやもやとしたものが広がる。

 昼に“お手伝い”してもらった、サンドイッチは執事ゼバスとしてアルトルトの目の前で食べた。が、それは椅子に座ったアルトルトの横で“使用人”として立ったままだった。

 アルトルトにとって“一緒”とは同じテーブルの席に座り“対等に”ということなのだろう。

 父たる国王は、一度もアルトルトの住まう離宮に顔を出すことさえなかった。いつもの大臣との政の打ち合わせに忙しい……と。

 ゼバスティアはパチンと指を鳴らして、アルトルトの反対側に椅子を出すと、そこに腰掛けた。そして、小さな勇者には自ら取り分けた料理を、魔法で一瞬にして自分の前に皿を出しながら。


「このような料理など食べ飽きているが、まあ、勇者との晩餐も一興。食べてやらぬことはない」


 そんなことを言いながら、料理を口に運んだ。

 やはり魔王たる我の味は完璧! と、自画自賛しながら。




「『魔界』とはどんなところなのだ?」


 米とナッツとレーズンの詰め物を口に運んでアルトルトが訊ねる。その顔が美味しいと満足げに輝く。皮はパリパリ肉はしっとりの去勢鳥の丸焼きも美味しいが、その詰め物も肉汁をたっぷり吸い込んで美味なのだ。


「どんなところとは?」


 ゼバスティアは返した。なにを訊ねたいのやら。


「魔界は地獄そのもので、魔物同士、毎日殺し合っているときいた」

「たわけ。そんな無駄な戦いなど、我が魔王になってからは禁じた。今や部族間の争いごとは代表者を出しての決闘での決着。それも魔王たる我の認証が必要だ」


 たしかに千年前にゼバスティアが魔王になりたての頃は、魔王の存在など無視して部族間の抗争も絶えなかった。

 が、それもほんの十日ほどで制圧したのが、絶大な力持つ、この我、ゼバスティアだ。


「なぜだ?」


 アルトルトは信じられないことを聞いたとばかり目を丸くしている。


「なぜとは?」

「魔族では力、暴力が全てだと聞いた。なのに魔王が、争いを禁じるなんて信じられない」


 まあ、人界ではそうだろう。アルトルトでなくとも、そこらへんの子供とて物心ついた頃から言われるものだ。なかなか寝ない子への脅し文句に。


『早くベッドに入らないと極悪非道の魔王が、凶悪な魔物達を引き連れてやってきて、お前を頭からバリバリと食べてしまうよ』


と。


「まったく、そのような人食いなどの児戯、人界との余計な争いごとを増やすだけだと、これも千年前に禁じたというのにな」

「?」


 きょとりとしたままのアルトルトの青空の瞳を、その切れ長紫の瞳で見つめて、ゼバスティアは「よいか」と口を開く。


「魔族同士毎日毎日殺しあいなどしていては、数が減るばかりだ。ついには最後の羽虫の一匹も居なくなるわ。それで“魔王”を名乗っても意味がない。我がたった一人の国などな」

「たしかに」


 アルトルトはあごに小さな拳をあてて、うーんと考えこむ。そんな姿も愛らしいとゼバスティアのつり上がり気味、切れ長の目尻が下がる。


「では、魔界も人間の国と同じで、商人や職人の暮らす街があり、村があるというのか? 畑を耕し、商売にせいを出していると?」

「ほう……そう思うか。確かにその通りだ」


 紫の目をすっとゼバスティアは細める。四歳といえど聡い。

 いや、賢くて当然だ! 何しろ、魔王の我自ら「良い子の王国の歴史」や「民の暮らし」「良い王様になるには」など数々の本を執筆したのだから! 

 我の教育完璧! とゼバスティアは胸を張りながら。


「たしかに我が治める千年前は魔界は混沌の地であった。そなたのいう通り、力ある者が力無き者を意味もなく虐げ、争いになにもかもを消耗する、まさしく地獄のような不毛な地であったわ」


 まあ、玉座に座っては百年もたたずに勇者に首を吹っ飛ばされる惰弱な歴代魔王の存在もあったのだが……と、ゼバスティアは心の中で付け加える。

 だから、統率のとれない魔族達は勝手に争いあっていたのだ。どころか自分が魔王になりたいと、後ろから魔王をだまし討ちにするものさえ出る始末。


「まあ、我という魔王が“出現”して、馬鹿共の争いなどすぐに止んだがな」


 ゼバスティアは長い足を組み直しふんぞり返る。青空の瞳でじっとこちらを見る小さな勇者に自慢するように。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「魔界は力がすべて。それは正しい。だからこそ、最強の我の言葉にみな従うのよ。身体に優れた鬼族(オーガ)は我が魔軍の精鋭となり、魔術師や魔女は魔法の研究に、医学や薬草学の向上、ドワーフたちは採掘に強力な武器や美しい細工作りに精を出している」


 争いばかりで荒れた土地や建物は、ゼバスティアの指揮の元、みるみる復興したのはいうまでもない。


「あの食欲ばかりと思えるオークも、だからこその食への探求と無尽蔵の体力こそが取り柄よ。奴らは大地を耕し作物を育て、家畜を丸々と太らせる。料理も得意でな、食堂やパン屋、菓子屋の主人の大半はオークよ。我が魔王城の料理長もな」


 まあ、その料理長はこの頃「魔王様のほうがおでの料理より……」と調理場の隅で膝を抱えていることが多いが。それはともかく。


「力とはなにも争いに使うためだけのものではない。それぞれの場所で発揮できる才のことよ。それを見極めて導くことが王の役目」


 ふんふん、我が王国すごいだろう! とこちらを見上げる勇者に、魔王は胸をますます張る。張りすぎてのけぞって、尖った形のよい顎が、天井からつり下がった赤い血の色のシャンデリアに向いていたりしたが。

 ゼバスティアの頭の中には、この王国に惚れ込んで大きくなって嫁いだ? 勇者との頭上。リンゴーンと響く大聖堂の鐘が頭に鳴り響いていた。魔界に大聖堂って、どんな神様が祝福するんですか? なんて配下のツッコミは、祝福の花びらが妄想に舞い散る魔王には届かない。


「……そうか、魔界は平和なのだな。それならば、人の国にも攻め入る必要がないほど、豊かなのか?」

「そうだ。人界になどにはこれっぽっちも興味などないわ!」


 わははとゼバスティアは笑い、ますますのけぞった。もたれ掛かった椅子がひっくり返りそうだが、そこは魔王! 絶妙な体幹で持ちこたえている。


「それでは人間と魔族が、戦う必要は無いのではないか? 勇者が魔王を倒す必要も……」

「ある! それはあるぞ!」


 のけぞっていた椅子をガタンと戻し、ゼバスティアは叫んだ。椅子を鳴らすなど魔王として、まったく華麗でもなんでもなかったが、しかし、今は緊急事態だ。

 この可愛い可愛い勇者が魔王を倒しに来なくなるなど、お誕生日会が開けなくなるではないか! 記念すべき、第一回でそれっきりになるなど! これから百周年! いや、千周年だって目指したいのに! 


「我は極悪非道の魔王。たとえ塵芥の人界といえどすべてを手にしなければ、気が済まぬ。我は人界を狙っておるぞ! すべては我がものだ!」


 とくに勇者! お前のぷくぷくのほっぺも、口に含むと甘そうな蜂蜜色のふわふわ金の巻き毛も、青空の瞳もすべてすべて我のものよ! と大ヘンタイ……もとい、大魔王ゼバスティアは叫んだ。


「……そうだった。お前は極悪非道の大魔王。世界の全てを手にしないと気が済まないというのなら、僕は人々を守る勇者だ。絶対にお前を倒す!」

「ふん! それはまた来年な。来年のお誕生日パーティ……ではない、今度こそお前のその小さな身体を切り刻み、人界を絶望の淵にたたき込んでやる」


 青空の瞳でキッと睨みつけられて、ゼバスティアは満足してうなずいた。そうだそれでよい。また来年も楽しい楽しいお誕生日会にしなければ。


「……それに僕は王子として、グリファニアの民を守らねばならない」


 そうつぶやいたアルトルトの四歳らしくない寂しげな横顔に、ゼバスティアの細い眉がくい……とあがる。


「国のためだと大人達がお前に告げたのか? 我の爪先ひとつで弾かれそうな子供一人の肩に、国の命運を押しつける勝手な大人達の戯言など気にするな。お前は好きにすればよい」


 これはこの一年執事ゼバスとして、この小さな勇者の傍らにいたゼバスティアの本音だった。あの継母の王妃はともかく、父王も彼女の言いなり。他の家臣たちも彼女とその一族の権勢に追従するばかりだ。

 そんな王国など魔王として本気になれば、一夜で滅ぼしてしまえるが、そうしないのは人界の法にて継母の王妃を裁けという、北の魔女との契約があるからだ。

 ……破ればカエルゲコゲコの刑が待っている。


お祖母様(グラン・マ)はなげかれていた。恐ろしい魔王討伐などに、僕を行かせたくないと」

「…………」


 父王の実母である王太后はアルトルトの三歳になる直前で亡くなっている。アルトルトは最大の保護者である祖母を失い、そこからあの継母王妃のザビアが露骨に彼の命を狙うようになった。


「僕はグラン・マに約束したのだ。お祖母様、泣かないでください。この勇者アルトルトが魔王を倒し、王国も民も守りますと」


 再びキリリとこちらを見る青空の瞳に、ゼバスティアは子供らしい真っ直ぐさだと思う。真っ直ぐであるが愚かな蛮勇だ。その腰にある小さな剣では、まだまだ魔王である自分を倒すことは出来ない。

 それでも、この小さな勇者が成長したならば、今度こそ千年倒せなかった魔王も倒れるかもしれない。それだけの光がアルトルトの中にはあった。

 その人の希望たる勇者を、たかが王位という目先の欲だけで殺そうとしている大人達の愚かさよ。


────いや、もっと愚かなのは、将来自分を倒すかもしれぬ、小さな光の芽も摘み取らず、こうして育てている我、自身か。


 ゼバスティアの胸には、また、今まで感じたことのないモヤモヤが広がる。千年生きて、感じたことのない感覚だ。せつない? 痛い? 苦しい? 我は魔王だぞ。この千年傷ひとつも負ったことなどない。

 さっき、この小さな勇者の小さな剣で、ぷすりと額に穴を開けられた? いや、あれは演技だったし、傷ではない。傷では。すぐに穴は塞いだし。

 それに魔王である自分とこの勇者は聖堂でリンゴーンするのだ。魔王である自分は倒されず、勇者の王国だってもちろん安泰だ。

 すべてめでたしめでたしではないか! とゼバスティアは胸のもやもやなど瞬時に忘れて、今度は頭の中の勇者とのあははうふふのお花畑に飛翔した。






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