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【7】大公様といっしょ! 

  


 デュロワは別名隻腕公とも呼ばれている。

 彼の右の袖口から覗く手は、銀色に輝く機械義手だ。胸に片手をあてた指の滑らかな動きから、これを作ったのは魔界のコボルト族にも匹敵する、相当な技術者だと、ゼバスティアは内心でうなる。

 さらにはデュロワの後ろに立つ、大きなタマネギ。もとい、タマネギの形の頭に丸い胴体が雪ダルマのようにくっついた、手足がある甲冑。

 こちらも魔法人形と同じ仕組みの自動機械鎧だとゼバスティアは見抜いた。デュロワの護衛と従者を兼ねているのだろう。歴戦の騎士、十人分にも劣らない戦闘力と見た。

 それだけの情報をゼバスティアは一瞬で見てとった。そして、デュロワがじっと自分を見つめていることに気付く。

 その視線にゼバスティアは内心で軽く驚きながら、胸に手をあてて恭しく一礼をした。


「大叔父上、僕の執事のゼバスだ」

「執事? 執事が夜会に?」


 デュロワの疑念は最もだった。普通、使用人は宮廷舞踏会などに随伴しない。高位の王侯貴族の従者として許されるのは、騎士以上の貴族階級のものだ。


「特別に許してもらった。ゼバスは僕のなにもかもを世話してくれる、大切な執事だから」


 アルトルトの言葉に嘘はない。実際、彼は宮殿の衛兵にもそういって、ゼバスティアを伴った。

 そして“大切な執事”という言葉に、ゼバスティアの心は、ふわふわと浮き神々の国へと召されそうになった。いや、今は召されている場合ではない。

 目の前にいまだ自分を見るデュロワがいる。

 この大叔父はアルトルトの言葉に「そうか」とうなずきながらも、まだ納得していない表情であった。

 ゼバスティアにとっても、これは軽い驚きであった。モノクルのおかげで自分の容姿は平々凡々な執事ゼバスの姿となっている。さらには今宵の夜会では、そこに姿があっても他者が気にとめない隠蔽の暗示の魔法も、併用していた。

 そう、本来は執事を伴えない広間への立ち入りを、衛兵が許したように。この場にいる大公以外の者達が執事ゼバスの存在を風景のように気にとめないように。

 なのに、この男は自分を認識した。


「さあ、殿下。陛下とお話しにまいりましょう」

「はい、大叔父上」


 アルトルトの肩に手を置いて、デュロワがうながす。王太子と大公の歩みに、挨拶のために列を成していた貴族達が、左右に分かれて道を譲る。

 本来ならば、王に挨拶すべきは廷臣の序列第一位である大公だ。宰相で公爵とはいえ、ザビアの兄はそれを非礼にも飛ばしたことになる。

 そのジゾール公とすれ違うときに、デュロワはちらりと彼に視線を送った。金のボタンのせり出した腹が目立つ中年太りの、宰相は決まり悪そうに目を泳がせた。

 それだけで宰相閣下が、大公閣下を苦手としていることを、ゼバスティアは見抜いた。妹の威光を借りた姑息な官僚気質の男が、その豪胆さと生き様が顔に出ている男に敵う訳もないか。


「これは伯父上、おひさしぶりにございます」


 パレンス王もまた、大公が前に立ち片手に胸をあてて礼をすると、とたん視線を泳がせおどおどとした態度となった。どうも、この妻にいいなりの気弱な王も、叔父には弱いようだ。


「なかなか、顔見せ出来ない非礼、お許しを陛下。普段ははるか北の領地にいて、なかなか王都には出てこれませんゆえ。今回はアルトルト殿下が、初めて夜会にお目見えすると聞きましてな。これは田舎にひっこんでいる場合ではないと、飛んで出てきたしだいで」

「お久しゅうございます、父上。お会い出来て嬉しゅうございます」


 デュロワの前に立つ、アルトルトが口を開く。はきはきとした元気な声は、広間中に響いた。


「久しい……とは? アルトルト殿下は離宮にお暮らしと聞いていましたが、父君たる陛下とは同じ宮殿の敷地にいらっしゃるはず」


 デュロワがその眉根を寄せてパレンスを見る。パレンスは「いや、そのこれは叔父上……」としどろもどろに言いよどむが。


「父上は御政務にいつもお忙しいのです。晩餐はいつも、(まつりごと)のご相談のため宰相や大臣達ととっているとお聞きしています」


 アルトルトがそんな父を助けるかのように、またはきはきと言った。


「ほう、宰相と?」


 今度は傍らにいた宰相、ジゾール公爵が、デュロワの鋭い眼光でギロリと横目で見られて、冷や汗をかく。取り出したハンカチで、いささか後退した額をふきふきとしながら。


「陛下におかれましては、大変、ご政務熱心にございまして」

「なるほど、それで宰相である公を引き連れて、王妃や第二王子同伴のオペラ観劇中も、政の相談をしていたわけか?」


 王妃に第二王子との言葉に、今度は王妃ザビアがぎろりと大公を見る。そこには先の二人の後ろめたさなど微塵もなく、それがどうしたの? という表情だったが。

 「オペラ?」とアルトルトは首を傾げる。デュロワがその長身の腰を屈めて。


「殿下は王都の黄金の劇場にて、オペラを観たことはありませんか?」

「ありません。お婆様が、オペラは夜やるもので、良い子はもう寝ている時間だから、まだ早いと」


 アルトルトのお婆様、亡き王太后の言葉がもっともである。オペラの終幕時間など、たしかに良い子はベッドに入ってなければいけない時間。

 しかし、それを聞いても王妃ザビアは涼しい顔。というより、こんな会話いつまで続くの? とばかり、つまらなさげに扇をひらひらと動かしながら、そっぽを向いている。


「たしかに良い子は夜更かしせずに寝るのが仕事ですからな。ならば、昼間に劇団員を招き、オペレッタを私と観るなどいかがですか?」

「大叔父上と!? それは楽しみだ」


 アルトルトはニコニコと上機嫌だが、大公が屈めていた身を起こして、視線を向けたパレンス王と宰相は真っ青だ。

 毎夜の晩餐での政務の相談事など真っ赤な嘘。オペラ座で観劇をしていたのが丸分かりだからだ。しかも、アルトルト抜きで、第二王子カイラルまで伴って。


「たしかに私が昨日、王都に着いたときにも、数日前のオペラ座での“お出まし”は大評判でしたな。なにしろ、王妃が舞台上の歌姫(ディーバ)より輝いていらしたとね。まるで、あのオペラ座の黄金のシャンデリアを逆様にしたような、まばゆきお姿だったと」


 この言葉に厚化粧で塗り固めた、王妃の顔がぴきりと凍りつく。その白粉にヒビが入る幻影をゼバスティアは見て、心の中でぷっと吹き出したほどだ。もちろん、顔は執事らしく涼しいものだったが。

 しかし、大シャンデリアを逆様にした姿とは、よくたとえたものだ。本日の王妃もまた、膨らんだスカートによって、小山の上に乗ったようであった。その身にまとう、ギラギラとした宝石は、たしかに揺れる燭台の光よりもまばゆい。


「まあまあ、大公閣下も、そのような馬鹿げた噂をお耳にするためだけに、凍える様な北の辺境より、わざわざ王都にいらしたのですか?」


 ザビアの言葉の裏の意味は、あんなクソ田舎から出てきて……という嫌みったらしい口調だったが。さらに。


「それに、滅多にこの宮殿にお顔をお見せにならない理由もわかりますわ。魔王に破れて片腕を失って敗走した、先代勇者様」




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 先代勇者でゼバスティアは思い出した。

 たしかに黒衣のこの男は、アルトルトの前に戦った先代勇者であると。

 どうりで、目眩ましの魔法がきかなかったはずだ。先代とはいえ、勇者の目を持つものならば。

 しかし、対戦した勇者、それもつい最近戦った先代を……今まで気付かなかったのは、あのときはひげ面ではなかったし、若かったし……というのは言い訳になる。

 アルトルトの前に百七人もいたのだ。数の多さにそりゃ忘れる。黒梟の宰相が横にいたら、繰り返しますが先代の勇者ですぞ? と言われそうだが、ようするに……。

 アルトルト以外の勇者なんて、それまでの魔王ゼバスティアにはどうでもいいことだったからだ。

 とはいえ、思いだしてみれば鮮明にその戦いの記憶は残っているような相手。つまりはなかなかに強かった。

 ゼバスティアが自ら魔剣を持ち、その右腕を切り落とすほどには……だ。その他の勇者どもはすべて、多少の傷はあれど五体無事に、魔王城からたたき出している。

 そう、魔王ゼバスティアは勇者を退けはすれど、一人も殺していないのだ。それで極悪非道の魔王とはひどい評判ではあるが、畏れられなくてなにが魔王か! 

 生き残った勇者達の行方? そんなもの知らん。ただ、二度と自分に再戦を挑む者はいなかった。

 目の前にいる隻腕の大公もしかり。

 王妃の言葉に、広間の空気は凍りついた。横にいる王パレンスも同様だ。その顔色は青を通り超して、紙のように白い。

 いくら王妃であっても、大公、それも先代勇者に対して、あまりにも失礼な暴言であった。

 これをどう取り繕うべきか。宰相である兄のジゾール公も、口を開きかけては閉じるばかりだ。

 そこに「ははははは!」と、高らかに笑い声が響きわたった。敗北勇者と揶揄された、当の大公デュロワだ。

 彼は豪快なその声で、凍り付いた広間の空気を吹き飛ばし、後ろからアルトルトの肩に自分の手を置く。

「確かに私は魔王に破れた。だからこそ、この勇者が魔王と“引き分け”、さらには来年の再戦を誓ったことを誇らしく思う」

 自分が魔王に敗北したことを正直に認め、そして、だからアルトルトこそが希望であると大公の見事な返しであった。

 デュロワの突如の大笑いに、きょとんとしていた人々は、続けてハッとなにかを思いだしたような表情となった。意地悪な王妃から疎まれている王子。だが、彼こそが現在の勇者であり、王国どころか世界の希望の星であると。


「私は信じている。この小さき勇者こそ、魔王という闇をうち払い、見事凱旋することを。そして、その頭上に星の冠をかかげることをだ」


 星の冠。それは、この王国の王冠の名称である。

 そこでさらに廷臣達は気付く。

 いかに今は冷遇されているとはいえ、彼は王太子。さらには勇者。

 魔王を打ち破ったならば、当然、彼がこの王国の王となるのは当然だ。誰にもそれに口出しなど出来ないだろう。

 いかに、今、継母王妃のザビアが権勢を誇ろうとも、それは覆らない事情だ。魔王を倒した勇者王子がどうして、王にならないわけがあろうか? 


「さあ、殿下、あちらで美味しいお菓子をいただきましょう」

「はい、叔父上」


 デュロワにうながされて、アルトルトは広間奥の一角へと。王子だけに許された椅子にちょこんと座る。そして、横に立ったデュロワがまるで彼専任の侍従になったかのように、恭しくアルトルトに菓子の載った皿を給仕する。


「おいし~」


 小さなタルトに色とりどりのマカロンを頬張り、ご機嫌のアルトルト。その様子を、王族一家の前に列を作った廷臣達はちらちらとせわしなく見る。

 そして、みんな王と王妃に儀礼通りの挨拶をすると、そそくさとアルトルトの前に作られた列に向かう。

 当然、王妃ザビアは面白くない。彼女は伯爵から子爵へと挨拶の列が移ったのを打ち切るかのように「音楽を!」と命じた。穏やかな前奏曲が、軽快なワルツに変わる。

 そして、ザビアの鋭い視線だけでうながされたパレンスが、彼女の手を取って広間の中央へと出て行く。王と王妃のダンスに、アルトルトの周りに集っていた貴族達も「失礼いたします」と残念そうに腰を折って踊りの列に加わる。

 王と王妃が広間をきっかり四分の一、回ったのをきっかけに、高位の貴族から踊りに加わるのがしきたりだからだ。

 呆然としたのは、まだ踊りの輪にも加われず、さらには挨拶の列に並ばされたまま、無視された子爵以下の者達だ。これでは子爵以下など、王に拝謁するまでもないと言われたも同然だ。

 階級と体面をなによりも大事にする貴族としては大変な侮辱だ。例え爵位は低くとも歴史は古い家名の貴族達などは、顔を真っ赤にして恥辱と怒りを露わにするものも見られた。


「大叔父上は踊らないのか?」

「さて、私には最初のダンスを踊るパートナーがおりませぬからなぁ」


 横でアルトルトにお代わりのお茶を煎れながら、ゼバスティアは、二人の話を聞く。たしかにこの美丈夫の大公に妻は居ないのだった。

 領地は北の辺境、冬は雪に閉ざされるとはいえ、鉱山資源に広大で豊かな黒土の大地を生かした、農業に牧畜と豊かな領土だ。

 さらには王に次ぐ大公という地位に、壮年となってもこれだけの美丈夫。事実、彼をちらちらと見るご婦人方の視線は絶えない。

 これで独身とは、王家の七不思議の一つに数えられて当然だ。


「では、この独り身のさびしい、私と踊っていただけますかな? 殿下」

「ひとりみ? うん、僕も今は一人だから、大叔父上と踊りたい!」

「ではいきましょう」


 いや、そういう意味のひとりじゃない! とゼバスティアは盛大に声に出せないツッコミを、心中で叫んだ。が、今はしがない執事ゼバスの身、ダンディな髭の大公様に、アルトルトが小さなお手々を取られて広間中央に出て行くのを、見送るしかなかった。

 髭、髭がいいのか! なぜ執事の自分に髭を生やさなかったか? と後悔しても遅い。

 翌日、そっこーで顔に髭をつけた執事ゼバスの姿に、アルトルトはおはようの挨拶も忘れてじっと見つめて。


「ゼバスは髭がないほうがいい!」


 と断言されて、あわててその付け髭をばりっと剥がすハメになるゼバスティアだった。

 そして、今は、大公に両手をとられて、身を屈めた彼と笑いあって、くるくる回る姿を、ぎりぎりと嫉妬の眼差しで見つめるしかなかった。

 隣に立つ大公の護衛であるタマネギ騎士、もとい機械甲冑がきゅるきゅるなにやら、不可思議な音を立てていたが、それも耳に入ってなかった。





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