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【6】はじめての大舞踏会




「まだ、来ないの?」


 大広間の横にある王族のための控え室。いつもよりさらにパニエでドレスをふくらませた、王妃ザビアが不機嫌にいう。

 夜会ははじまったばかり、赤いコートのお仕着せを着た呼び出し人が、王族の控え室とは反対側にある、大扉の前で来場者達の名を高々と告げている。

 郷士に騎士身分から始まり、男爵、子爵、伯爵……と。夜会の開始時刻は招待状に記されているが、身分が低い者はそれより早く見計らって来場するのがしきたりだ。男爵が伯爵より遅く入場することがあってはならない。


「開催時刻は知らせたのでしょうね?」

「それは確実に申し上げました」


 ザビアの質問に老中従僕がこたえる。パチンパチンと彼女が扇を閉じたり開いたりする度に、横の椅子に座ったパレンス王が、びくびくとその顔色をうかがう。

 来ない来ないと王妃が苛立っているのは、アルトルトのことだ。

 本来、王太子である彼も、この部屋に入り、来場者達が揃ったところで出て行くのが普通だ。

 だが、三日前という急な夜会への出席の命令。さらにアルトルトに知らされた開催の時刻は、本当の時間よりも半刻も前という“ワザと間違えた”ものだった。

 これは郷士や騎士や男爵達に混じって、入場しろという、継母王妃ザビアのこれ見よがしの意地悪であった。さらには、盛装もせずにみすぼらしい姿。礼儀知らずな普段着で出てきた彼を、人々はさぞや奇異の目で見て笑い者にするに違いないと。

 なのにアルトルトはやってこない。

 とうとう、大公の名まで呼ばれた。王太子の次に高い順位だ。


「ザビア、そろそろ……」


 隣のパレンスが恐る恐る声をかける。臣下達全員がそろったところで、王と王妃が出て行かねばこれもまた、非礼にあたる。いくら国主一家とはいえ、だからこそ貴族達には配慮もしなければならないのだ。

 しかたないとザビアが立ち上がり、パレンスの差し出した手に手を載せたところで、呼び出しの従僕の声が高らかに響いた。

 それは王太子アルトルトの名を呼ぶ声。


「ようやく来たのね。お仕度にずいぶんとお時間がかかったこと」


 そう言いながら、彼女は赤い唇を意地悪くゆがめた。

 散々苛立たせられたが、逆にちょうど良い。

 みすぼらしいあの子供の入場のあとで、輝かしい自分達王家家族が現れるのだ。


「カイラルを先に歩かせなさい」


 ザビアが命じると、王妃付きの女官である伯爵夫人が「さ、殿下」とカイラルの手を引いて先を行く。先日三歳になったばかりの彼の足取りには、すこし不安がある。

 ……というより、今夜は重い衣装に埋もれて、より足下がおぼつかないというべきか。衿元も袖口もシャツの裾もフリルにレースたっぷり。小さな靴にも大きな宝石の飾り。

 なにより、床にずるずるひきずるようなマントまでまとっている。重そうな黄金の飾り紐に、たっぷりとした毛皮の縁取りで、顔の半分が隠れてしまっている。

 これでは絹とレースと毛皮に埋もれているようだ。

 実際、王族専用である大広間の奥の扉が開いたとき、そちらを注目した貴族達が確認するかのように、二度三度と瞬きをし、その衣の固まりを見た。毛皮から覗いている顔の半分と茶色の頭で、それがようやく、小さな幼児だとわかったほどだ。

 そして、その後ろには小山のようなドレスのザビア王妃。隣にはオマケのパレンス王。いや、王としての体裁はしっかりと整った豪奢な衣装は、毛皮の縁取りのマントに総刺繍のジェストコート、ダイヤモンドのボタンとどれをとっても一級品だ。

 が、その王の盛装が凡庸に見えるほど、もはやレースとリボンと宝石と毛皮の要塞といったほうがいい王妃のいつものドレス姿。さらには今夜はその巨大なドレスの要塞の前に、これまたレースと毛皮と宝石に埋もれた小さな塔のようなカイラル王子がいる。

 貴族達はいつもの王妃だけでなく、小さな王子までくっついた、盛装というよりふん装をぽかんと眺めた。そして凝視し続けては無礼だと気付いて、あわてて伏し目がちに軽く頭を下げて礼をとった。なかには口許を必死に引き締めて、笑いをこらえて肩を震わせる者もいた。

 ザビアはその反応を王妃である自分と、我が子カイラルに対する“称賛”であると満足した。隣にいる本来は誰よりも立てねばならない、夫である国王パレンスのことなど、頭からすっかり抜けている。

 その王に手を取られているのに、自分こそがこの舞台の女王とばかり、彼女は先払いの道化のように着飾らせた息子を先導に、自分に向かい頭を垂れる臣下達の列の中央を堂々と行く。

が、ザビアは己の視界の先に“目障り”なものを見つけた。

 一人だけ国王一家である自分達に頭を下げない。いや下げる必要のない存在。

 王太子のアルトルトだ。その横には影のように付き従う、黒いお仕着せに身を包んだ執事の姿があったが、彼女の目には入っていなかった。

 彼女は当世風の金箔がギラギラとまざった黒い縁取りをした目を大きく見開いた。そのせいでその表情は、まるで舞台役者のように大仰で、ある意味滑稽にさえ見えたが。

 そこには普段着などではなく……。

 白く輝く盛装姿の勇者にして、王太子アルトルトの姿があった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 王妃の驚愕の表情に、アルトルトの後ろに控える執事、ゼバスティアは他の家臣たちのように頭を下げたまま、口の片端をひっそりとつり上げた。

 彼は、銀の懐中時計の蓋の裏側、魔鏡で控えの間の王妃の様子をすべてを見ていた。なかなか来ないアルトルトに焦れていらだった様子。そして、やっと来たと、みすぼらしい格好のアルトルトを勝手に想像して得意げに底意地の悪い微笑みを浮かべた顔を。

 前横に立つアルトルトの姿は、当然、普段着などではなく、この国の王太子にして、勇者に相応しき盛装。

 プラチナの光沢のシャツの衿元や袖口や裾は、それ一つで城一つと同じ価値の、極上のレースで縁取られている。純白の袖無しのジレには常若の世界樹の意匠の、金モールの縁取り。

 大人ならば袖ありの上着が正式であるが、子供だからこその軽快さと愛らしさを狙った。半ズボン(キュロット)の下が、白いブーツなのも同じく。そのブーツの両わきの飾りベルトには、花の形の虹色水晶がキラキラと輝く。これも男の子であっても、幼い愛らしい時代にだけ使える特権だ。

 ジレの上には腰丈の軽いマント。マントの背にはこの国の紋章と、それを両わきから支える幻獣。一角獣とグリフォンが色とりどりのクリスタルと金糸銀糸の繊細な刺繍でほどこされている。そして、衿元を縁取る毛皮は、アルトルトの愛らしい白い顔を隠すような、大仰な高さではなく、その丸い頬を縁取るように丁度よいもの。純白それは真珠の光沢で、彼のキリリと凜々しくも可愛らしい表情を照らし出す。

 マントの裾まで毛皮で縁取るような、ごてごてした余分な装飾などしない。幼児のちんまりした体型で、裾を引きずらせるような重い緞子の布など、それは現在の弟、カイラル王子の姿だが、まるで毛皮のマントに埋もれたお化けの仮装のようではないか。

 あくまで子供らしく快活に軽く、王太子として格調高く。まっ白な衣装の中で、リボンだけは唯一、アルトルトの瞳に合わせて、空色にしたのも遊び心だ。リボンの真ん中につけられたブローチは、濃い蒼に輝くダイヤモンド。

 品があり豪奢にしてやりすぎず、愛らしい兄王子の盛装と、高価なだけの衣とギラギラとした宝石に埋もれた、衣装の重さで生気のない表情まで加わった弟王子の盛装。

 さて、どちらが“勝者”なのか。衣装に勝ち負けなどないが、しかし、アルトルトの名が呼ばれて彼が広間にはいってきたときの、貴族達の反応で明らかだった。

 彼らは王太子の姿に目を見張り、そのご立派で愛らしい姿に、微笑みさえ浮かべるものもいた。思わず駆け寄り挨拶をしようとする者もいたが、それは王一家の入場の声に中断されたが。

 王妃はそんなアルトルトの姿を射殺しそうな目でにらみつける。広げた扇で顔の半分を隠したが、ゼバスティアの魔眼には、そんなものは遮蔽物とならない。

 真っ赤な紅で彩られた唇を悔しそうにぎりぎりと噛みしめる。そして周囲にしか聞こえない声で悔しげにつぶやく。当然、ゼバスティアの魔王の地獄耳にはしっかり聞こえていたのだが。


「レースも毛皮の量も少ない。宝石だって全部小粒じゃないのよ!」


 それは悔し紛れのひと言なのはあきらかだった。実際、王妃はこのあと真珠の光沢の毛皮を、そして珍しい蒼のダイヤモンドを、血眼になって探したそうだが、見つからなかったそうだ。

 当たり前だ。毛皮は幻獣の銀獅子のたてがみであり、蒼のダイヤモンドは魔界でしか採れない貴重なものだ。

 ギリギリとアルトルトを睨みつけていた王妃だが、プイと顔を背けて、別の人物に目配せした。

 その人物とはこの国の宰相であるジゾール公爵。ザビアの兄だ。王妃の兄としてこの国の国政を思うがままに握り采配している。

 彼はザビアの視線に素早く反応し、彼女達に近づくと、まず王であるパレンスに“軽く”挨拶をし、次にザビアの手の甲に口づけ、次に甥であるカイラルに跪いて、その両手をとって“丁寧”に言葉をかけた。

 他の廷臣達も、それにならうようにジゾール公爵のあとにつづいた。ザビアが勝ち誇ったかのように、執事ゼバス以外周りに誰もいないアルトルトを見る。

 今度はアルトルトを無視する作戦に出たか……と、ゼバスティアは『幼稚だ』と内心で思う。貴族のご婦人方によくある仲間外れの嫌がらせ。お茶会で招待しない。このような夜会で話しかけない。いかにも“お上品な”気取った人間どものやり口だ。

 たしかに王太子にして勇者のアルトルトに誰も挨拶に来ないとは、冷遇以外のなにものでもない。恐ろしい王妃ザビアと、権力者である兄宰相に遠慮して、廷臣達は彼らに従うしかないにしろ。

 とはいえ、それに付き合う義理はこちらにはない。大広間にぽつんとアルトルトを立たせておくのもだ。夜会への“出席”はして、父王からの命令は果たしのだ。

 ゼバスティアはアルトルトへと退出をうながす言葉をかけようとした。王より早く帰るなど、廷臣達には許されないことだが、王太子であるアルトルトならば非礼にはならない。なにより三歳の幼児なのだから。

 しかし、そのアルトルトに堂々と近づくものがいた。彼は黒いマントを翻し、その巨躯を折り曲げて、胸に片手をあてて小さな王子に挨拶をする。


「これは王太子殿下、お久しゅうございます」

「大叔父上! お会い出来て、このアルトルトも嬉しゅうございます」


 黒髪に黒い髭の壮年の美丈夫。

 アルトルトの言葉どおり、彼の大叔父である、ベルクフリート大公。つまりは先の王ゴドレルの弟。

 デュロワであった。





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