【4】勇者王子の一日、お昼、不揃いのサンドイッチ
「ゼバス、僕も作る」
「ありがとうございます」
離宮のちいさな厨にて。元々はメイド部屋だったのだが、良い子のアルトルトがすやすや寝ているあいだに、魔界から呼んだ大工達が一晩でつくりあげた。
「こちらをお好みで重ねてください」
お手伝い用の台にのったアルトルトの前に、パンに、レタスやトマト、キュウリなどの野菜、ハムやチーズのサンドイッチの材料を並べる。
「わかった。僕の好きでいいのだな?」
「セロリを抜いてはダメですよ」
ポタージュをかき混ぜながら、ゼバスティアが告げれば「う……」と後ろから聞こえた声に、口の片端をつり上げる。振り返らずとも、眉を下げた可愛い顔が思い浮かぶ。
「セロリごときに怯えていては、ご立派な勇者となって魔王は倒せませんよ」
「せ、セロリなど、怖くはない! それにゼバスのマヨネーズなら食べられるし……」
「ありがとうございます」
そう、セロリ嫌いのアルトルトのために、この魔王が三日もかけて開発したマヨネーズなのだ! おいしくないわけなかろう! と、心のなかで胸を張るゼバスティアだった。
アルトルトがあれもこれもと欲張って重ねたため、具だくさんだがちょっと不格好なサンドイッチが出来上がるのは、いつものこと。もちろん、しっかりセロリもはいっている。それに揚げたイモを添えるのも定番だ。今日は小さなコロコロした小芋が手にはいったので、それを皮ごと丸揚げにした。
それに牛乳たっぷりのポタージュ。こちらもしっかり煮込んで形のわからなくなったセロリ入りなのは、内緒だ。
デザートはうさぎさんの形にきったリンゴに、カラメル輝くプリンだ。
「いただきます」
ちょこんと席についたアルトルトは、横目で見て。
「今日もゼバスは一緒に食べてくれないのか?」
「食べておりますよ」
席についたアルトルトの横に控えた、ゼバスティアは、皿を片手に優雅にサンドイッチを口に運ぶ。
「そうじゃなくて……」とアルトルトがつぶやく。手にとったサンドのトマトと目玉焼きの断面に瞳を輝かせて、がぶりと一口。口の端についたケチャップをゼバスティアがさっと取り出した、ナプキンで拭いてやる。
「…………」
そんな自分の顔を恨めしそうに見るアルトルト。上目づかいの大きな瞳が愛らしい。その姿は、仔犬がおねだりする姿のようだ。
アルトルトが言いたいことはわかっている。ゼバスティアにも、一緒のテーブルの席について食事して欲しいということだろう。
しかし、アルトルトは王子であり、ゼバスティアは執事、使用人なのだ。主人と一緒の席で食事などけしてありえない。
いくら、この場が二人きりであっても、その“けじめ”はつけねば。
「トルト様のサンドイッチはとても美味しゅうございます」
「僕ははさんだだけだぞ」
「それでもです。トルト様が作ってくださったと思うだけでも、美味に感じます」
「それは、僕がゼバスのご飯を美味しいと思うのと同じだな!」
少し不満げだったアルトルトの顔は、ようやく満面の笑顔となって「このポタージュも大好きだ」とご機嫌となる。
本当は、使用人が食事の姿を主人に見せるだけでも、あってはならないのだ。しかし、アルトルトの喜ぶ顔が見られるのならば……と、つい甘くなってしまうゼバスティアだった。
そして、お昼のあとは食後のお茶に、椅子でうとうととし始めるアルトルトを、ベッドに運んでのお昼寝の時間となる。
すやすやあどけなく眠る姿は、神聖にして清らかで、ベッドの傍らに両膝をついてつい、お祈りしたくなるほどだ。いや、魔王がなにを祈るんだ? なんだが。
しかし、ぷくぷくしたほっぺに、色付いた薔薇色の頬にさす、長いまつげと。その大きな瞳をふせていても、愛らしい。普段の天真爛漫な元気さが隠れて、神秘的でさえある。
……と、その寝顔を傍らで無表情に見つめながら、ゼバスティアは悶々と想いを飛ばした。お昼寝する幼児に熱視線を送りながら微動だにしない、魔王の姿を見たら、側近は涙するだろう。
魔王様、それではヘンタイです!
と……。
本人は執事として主人の眠りを、見守っているつもりである。そして、そんな視線をガンガン受けながら、すぅすぅと寝ているアルトルトも、さんちゃいだが、さすが勇者! 大物であった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
お昼寝をたっぷりしたあとは、遊びの時間だ。勉強は午前のみ。お昼寝のあとは剣の稽古をすると言った、アルトルトを、詰め込み過ぎはよくないと、たしなめたのはゼバスティアだ。
「アルトルト様のお身体はお小さい。剣を振るう前に、まずは軽い運動からはじめましょう」
そもそも三歳児が剣を振るうこと自体が早いのだ。無理に素振りなどすれば、へんなクセがつくどころか、身体が歪む可能性もある。
なんで魔王がそんなことを知っているか? 我に知らぬことなどないのだ! そう、一晩で古今東西の人に関する医学書に教育書、一万冊を速読しまくったぐらいにはだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
育児? の参考にした本の中には、名もなき乳母マレーヌの単なる日記というものもあったが。あれが一番参考になった。スープで煮込んでしまえば苦手なセロリも克服。野菜が美味しく感じるマヨネーズのレシピ。アルトルトも大好きな、肉団子のトマト煮など、ありがたく真似させてもらった。やはり実践こそが黄金の定理であるな。
「ですから、午後はのびのびと自由に遊びましょう」
「遊んでいては、身体を鍛えることにならないのではないか?」
「お庭を駆け回るだけでも、十分にお身体を動かすことになります」
「そうか、では、ゼバスと遊ぶ」
「はい、悦んで!」
おもわず大声で叫んでしまい。目を丸くしたアルトルトに、咳払いでごまかしたゼバスティアだ。
午後は、鬼ごっこに、かくれんぼ。相手はゼバスティア一人だ。無邪気に笑い、追いかけてくるアルトルトを独占できるならば、魔王が児戯にも真剣になろうというものだ。
実際は、かくれんぼで身を縮ませ、足を抱えて、いつまでも見つけてくれないアルトルトに、ま、まさか忘れられているのでは? とか不安になったりしていない!
「みつけた!」という声とアルトルトの輝く笑顔に、天からの救いか? と思ったことなど。
「ゼバスはむずかしいところにばかりに隠れるんだから」
と唇をとがらせる可愛いお顔に、涼しい顔で「申し訳ありません」と謝りなから、内心『尊い! 尊すぎる』とデロデロになっていたわけだが。
さて、最近アルトルトがハマっている遊びとは。
「極悪非道の魔王よ! 姫を返せ!」
アルトルトが剣を向けているのは……。
当然? 魔王役のゼバスティアではなく……。
椅子に座った、大きなクマさんのぬいぐるみである。
「ていっ! やあっ!」
かけ声も勇ましく、クマさんにきりかかるふりをして、魔王を倒した勇者は……。
「姫、ご無事でしたか!」
と椅子とともに倒れたクマさんの、横に立つ……。
姫役のゼバスティアに声をかける。
「ああ、勇者様、きっと助けてくださると信じていましたわ」
ゼバスティアは胸の前でしおらしく手を組んで、感激の姫を演じる。
「姫、このアルトルトも、姫を必ず魔王からお助けすると、あなたへの愛に誓いました」
「うれしゅうございます、勇者様」
片膝をついて騎士の礼を取るアルトルトに、身を屈めて手を伸ばすゼバスティア。その手をとって、甲にうやうやしく勇者は口づける。
ゼバスティアの普段は蒼白い頬がいささか染まっていたのは、演技ではなく……。
────ああ、アルトルトのぷにぷにの唇が、わ、我の肌にぃいい!!
と頭は沸騰しそう、天にも昇るここちだったためだ。
そして、後日。
「勇者と姫ごっこも、あきたな」
「では、次はどのように遊びをいたしますか?」
腕を組んでむーんと考えこむアルトルトの愛らしさに目を細めながら、ゼバスティアは訊く。魔王の自分が姫役というのは、たしかにかなり抵抗はあったが、手の甲に口づけという“ご褒美”が無くなるのは残念だったと。
「僕は勇者だ」
「そこはお変わりになられぬのですな」
たしかにアルトルトは勇者だ。それ以外はありえない……とゼバスティアは納得した。
そういえば、最近“ゆうちゃ”ではなく“勇者”としっかり言えるようになったな、それもご立派です。トルト様と執事の心で思いつつ。
「ゼバスは“聖女”だ!」
「はぁ!?」
アルトルトにぴしりとそのちんまりした指で指されて、思わず声をあげてしまったゼバスティアだったが……。
その後、勇者と二人、“愛の力”によって、やっぱり椅子に座った、魔王くまさんを倒したのだった。
二人で魔王を倒すときに、アルトルトの持つオモチャの剣を二人で握り合う、手のぷにぷにとした感触は素晴らしかった。
魔王の自分がなんで“聖女”というのは、どうでもよくなった。
たくさん遊んだ良い子の勇者は、そのあと、再びうとうとして、寝椅子ですやすやと眠る。
そのあいだにゼバスティアは、夕ご飯の仕度をする。魔界の厨房で仕込みまで任せておいた料理をしあげて、ワゴンで運ぶ。
例の無表情な王妃のメイドが運んでくる、毒入りの固いパンと野菜クズと肉のカケラ入りのスープは、受け取ったとたんに当然、魔法で炭にした。
今日の夕ご飯は野菜と豆、雑穀入りのスープに、白身魚のムニエル、副菜は芋を丹念に潰したものに、ほうれん草とマッシュルームの炒め物。
白身魚は三歳児でも食べやすいようにしっかり骨は取ってある。肉ばかりではなく、お魚もとらないとだ。
「トルト様、綺麗に食べることが出来ましたね」
「ゼバスの料理はソースまでおいしいから、全部食べられる」
「ありがとうございます」
言葉のとおり、アルトルトは焼き立てほかほかパンでソースを綺麗にぬぐって、完食した。料理人としてはうれしい限りだ。
「デザートはリンゴのタルトにアイスクリームにございますよ」
「どちらも大好きだ!」
よく学び、よく食べて、よく遊ぶ。
本当に良い子に育っていると、ゼバスティアは目を細めた。